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ベモでバリ島1周!! ~その4~

2017年 10月25日 17:44 (水)



※ずいぶんと間があいてしまいましたが、旅行記続き書いていきます。
こちらは2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



***************



ロビナの町がすっかり気に入った私は、闘鶏ツアーが終わった後もしばらくロビナに滞在していた。


ロビナはバリ島最北端の町で、空港からだと車で3時間以上かかることもあり日本人観光客に出会うことはほぼなかった。
歩いて回れるほどの小さな町で、時折食堂で欧米人の観光客に出会う程度。
でも一応観光地なので、中心には一通り(宿、食堂、ネット屋)がそろっていて不便はない。
ということもあり、のんびりするのに最適の町だった。

昼間はだーれもいないビーチでぼんやりしたり、友達に葉書を書いて会話帳片手にローカルの人に聞いて郵便局まで行ったりとかして過ごす。



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ロビナののんびりした町並み


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ビーチものんびり


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猫ものんびり


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サンセットも独り占め


DSC00112.jpg
一人旅なのでもちろん写真はセルフィだけど、誰もいないので格好つけて撮っていても恥ずかしくない




そろそろ次の町を目指そうと思い、ロビナ最後の夜。
宿のオーナーに「これからビーチでプチパーティーをするんだけど、一緒にどう?」と誘われた。
なんでも、オーナーの友人(バリ人男性)の奥さん(イギリス人女性)がイギリスから帰ってきたので歓迎のパーティーとのことだった。
既に夕食を食べてしまったので・・・と伝えると「一杯くらいいいじゃない」とビーチへ連れて行かれた。

ビーチでパーティーなんてどんだけお洒落なんだ!?と思いながら宿の裏のビーチへと行くと、十数人のバリ人と欧米人がワイワイしていた。
オーナーが軽く紹介をしてくれ、輪に入る。
いつもは一人旅の時は判断が鈍るのが嫌なのでアルコール類は極力飲まないようにしているのだが、女性もたくさんいる場だし、宿は歩いて直ぐだし、で一杯だけ頂く事にした。
みんながビールやらワインやらで盛り上がっている中、一人の女性がグラスに水をついで飲んでいる姿が目に入った。
何となく気になって、「お酒を飲まないんですか?」と聞いてみると、
「赤ちゃんがいるの」と言う。
妊娠しているってことなのかな?と思い、妊娠って何ていうんだっけ?プレグナン・・・
などと考えている間に、彼女は椅子の上の籠にかけてあった布をそっとあけた。

「Naaaaa-------!!!」

なんとそこには天使の様な顔ですやすやと眠る赤ちゃんの姿が!!

まさかこのお洒落なビーチパーティーに赤ちゃんが参加しているなんて・・・思いもよらなかった事実に「アメージング」とか「ワオ」とかしか言葉が出てこず口をパクパクしている
私の姿を見て、彼女は微笑みながらこう続けた。

「イギリスでは、出産後1年間は働かなくても会社から給料が出るの。私にはイギリスの部屋にこもって赤ちゃんと二人の生活なんて考えられなかった。だから物価の安いバリに来て、バカンスを楽しみながら1年間子育てをしようと考えたの。友達もいるしね。夫?夫は今もロンドンで働いているわ。」


世界はこんなにも自由なのかと衝撃を受けた。


この時私は結婚も出産もしていなかったので想像でしかなかったが、子育てはかなり大変なイメージがあった。
先に子供を産んでいた友達はかなり疲れた表情をしていたし、育児ノイローゼなどという言葉があるように想像もつかないような大変なことがあるんだろうなぁ、と思っていた。(育児そのものの他にママ友とか、お姑さんとの意見の衝突とか・・・)

でも、世界にはこんなにも簡単に海外で一人で子供を育てよう(そしてついでにバカンスも楽しもう)とする人がいるのだ。

(今だから分かるが、彼女は自由だけではなくとても勇気がある人だと思う)


私の世界はこんなにも狭かったんだなー。
自分の中の価値観が大きく変わったロビナでの最終夜だった。


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3 Bulananこぼれ話

2017年 10月11日 13:34 (水)


3 Bulananの前日、準備の為に親戚が集まっていた時のお話。


会場の準備も終わり、後は当日の朝にバンタン(お供え物)を運ぶのみとなってみんなでまったりしていると、おば様方が「あーでもない、こーでもない」と何やらワイワイしていた。
何かと思って聞いてみると、儀式当日の赤ちゃんに着せるクバヤの色の話らしい。

私はまぁ、無難に白でいいんじゃないかなー、何て思って準備していたのだが、赤ちゃん本人の意向を必ず聞かなければならないのだという。

赤ちゃんの意向=赤ちゃんに生まれ変わったご先祖さまの意向

なわけで・・・
つまりはあれである。
バリアン(呪術師)のところへ行ってということ。

以前も書いたが、バリでは輪廻転生が100%信じられており、
赤ちゃんが生まれたら必ずバリアンのところへ行って誰の生まれ変わりなのかを確認することになっている。

以前のお話↓
「輪廻転生」


で、この確認なのだが、どうやら1ヶ月の儀式と3ヶ月の儀式の間に行かなければならないらしく、この確認の時に3 Bulananの時の本人の希望も確認するのだとか。
(クバヤは何色だとか、バビグリンの有無とか、その他の希望いろいろ・・・)


で、なぜ次女のバリアン確認を直前まで行っていなかったというと・・・


ただ単に忘れていただけー


いや、私は覚えていたよ?
何度も夫に「いつ聞きに行くの?」って聞いてたよ?
で、「いつだろうね~」って、人事のように流されてたよ・・・
で、直前になってこの慌てよう。

まぁ、それはいい。
だったら今すぐ聞きに行ったら?って思ったのだけど、この日はバリの暦でPasahという日で、まぁ日本でいうところの仏滅のような日だったので、バリヒンドゥーに関することは一切禁止。
もちろんバリアンのところへお伺いにいくのも禁止。

なわけで、仕方なく当日の朝に親戚のおばさんがバリアンのところへ行ってくれることに。


以下はおばさんから聞いた話。


バリアンに生まれ変わりを確認する時は、基本的には名前と生年月日を伝えるのみ。
おばさんがそれを伝えると、

「タンカスの子か・・・」
と一言。

タンカスとは、夫の家寺のクルンクンにあるタンカス・コリ・アグンのこと。
私なんかはこういった力を発揮されると未だにちょっとぞくっとしてしまうのだが、バリ人にしてみれば、「バリアンさんは何で分かるんだろうねー?凄いねぇ」ってごくごく普通の感覚。

その後バリアンは生まれ変わった人の特徴(ここにほくろがある、とか背が高いとか低いとか)を伝え、「あぁ、○○おじいちゃん!」とか「○○おじさんだ!」とかになるらしいのだが、次女の生まれ変わりは○○おじいちゃんといったようなレベルではなく古い方らしい。

その人は男性。
素直な人で、つつましい暮らしを送っていたそうだ。

3 Bulananの希望を聞くと、なーんでもいいと。
クバヤの色もバンタンの豪華さも、儀式の場所だってシガラジャでもデンパサールでもどこでもいいと。

その人の希望は、こういったもの。

・自分はタンカスの人間。シガラジャのムラジャン(小さい家寺)に報告に行く前に、クルンクンのプラ・カウィタン(先祖の家寺)に報告に行って欲しい。


通常我が家では、子供が生まれるとシガラジャにある家寺に報告に行くのだが、

こちら↓
FB_IMG_1507695413197[1]

ではなく、クルンクンの

こちら↓
FB_IMG_1507695394728[1]

へまず行って欲しいと。


もう一つは、

・名前に「タンカス」を入れて欲しい。

とのこと。
この時点で既に出生届を出してしまっていたので、事実上名前を変更するには裁判所へ行く必要があるので、お寺への報告時にタンカスを入れた名前での報告とすることに。

ちなみに、次女の名前は・・・

Ni Kadek ○○(日本の名前)Arya Savitri

なのだが、AryaとSavitriの間にTangkasを入れることになった。
な、ながい・・・


そして最後の願いは・・・

・決してお腹をすかせて泣かせるようなことはしないで欲しい


その人はその昔、幾度となく空腹の為涙を流したそうだ。
それは戦争の時代だったのかもしれない。
はたまたそれより昔のバリを開拓している時だったのかもしれない。

現代では空腹で死ぬほど辛い思いをするなんてことは殆どないかもしれないが、昔は珍しいことではなかったのだろう。
ただ、自分の娘の前世の人がそんな辛い思いをしてきたなんて・・・

無邪気に笑う娘の顔を見ながら、
少し目頭が熱くなってしまった。


もう大丈夫。
決してそんな思いはさせないから。

私は料理があまり得意ではないのだけれど、
おいしい、おいしい、とたらふく食べてもらう為にも
料理上手なお母さんにならなきゃな。