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今日の練習@Kさん宅

2015年 12月31日 15:38 (木)

久しぶりにKさん宅にお呼ばれしてグンデルの練習。
スカワティに通い始めて1ヶ月ほど経っていたので、叩き方も若干スカワティっぽく意識して。
まずはつかみのMerak Ngelo。
私はSangsihを合わせたのだが、まだ力が抜けきれず音の強弱もいまいち。
それでも、前回合わせた時よりはお互いに合ってきた。

続いてSekar Sungsang Kayumas、Sekar Taman。
Sekar Sungsangは結構いい感じ。
Sekar Tamanは、Sangsihが全然自信がなくて、自信がない部分はテンポが速くなってしまう悪い癖が出てなかなか上手く合わせられない。
Kさんが意識して丁寧に叩くといい部分を教えてくれる。

前回は細かい部分を間違えていたDalang Ngidih Nasiも今回はいい感じ。

サルゴ先生仕込のCrucuk Punyah Sukawati、Partha WijayaのPengekorはお互いPolos同士で練習。
細かい止めが出来ておらず、Kさんに教えて貰う。
サルゴ先生にかなり厳しく指導を受けているKさんは、そういった微妙な部分も逃さない。
私一人では気付かなかったこと。
こうして指摘してもらうのは本当にありがたい。

KayumasのAras AlumとPunyacah Parwaはお互いが自信がなく、今後の課題。

前回に引き続き2回目の合わせ練習だけど、全ての曲が前回よりも合うようになってきた!
嬉しい!!


途中、BAPO(ラディタ先生のお父さん)がBali TVに出た時の映像や、サルゴ先生の面白動画を観たり、Kさんところのぷにゅぷにゅ赤ちゃんと戯れたり・・・
夕食のメインのお肉を猫に盗まれたり、ラロン(羽虫)の襲撃を受けたり・・・とバリらしいハプニングもあったけど、今回も楽しい時間をたっぷり3時間以上。
一人で家で練習し続けていると時折煮詰まってきてしまうこともあるので、こうしてKさんと練習する時間はかなり貴重なひととき。
お邪魔しました~。


また遊びに行きまーす



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*******



今年ももう終わりますね。
いつもこんなつたないブログにコメントを頂いたり、イイねをして頂いたりしてありがとうございます。
来年も今年以上に精進していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。

バリ島では毎年、年越しのカウントダウンではあちらこちらで花火がうちあがり(住宅街でも)、おもちゃのトランペットを吹き鳴らすという騒々しい年明けとなります。
(日本の厳かな年明けが恋しい・・・)


それでは、皆様良いお年をお迎えください。


~ バリ島より  Lotusya  2015/12/31 ~



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Upacaraでの演奏 ~Part-14~  

2015年 12月29日 11:55 (火)

この日はDinas Kebudayaanに依頼が入ってのUpacara演奏。
仕事が忙しい時期だったので一旦は断ったんだけど、どうしても人が足りない!!とのことで、この時点で「あ、ラディタ先生との今年最後の演奏なんだな。」と思い急遽引き受ける。
(実際そうなった。)

UpacaraはTiga bulanan(生後3ヶ月目の儀式)。
バリでは赤ちゃんは生まれてから3ヶ月目まで(バリのウク歴での1ヶ月は35日なので105日目)は赤ちゃんはまだ人間として完全な存在ではなく、まだあやふやな存在とされている。
そのため、3ヶ月を迎えるまでは悪霊が這っている地面に足をつけてはならない。
無事3ヶ月を迎え、この儀式を行うことで完全な人間としてこの世に誕生する。
ちなみに、産後は不浄の存在とされていたお母さんもこの儀式によって清められ、再びお寺に入っていい事になる。
なので、とっても大切な儀式。

車にグンデルを載せ、Upacaraのあるデンパサールの会場へラディタ先生のお兄さんの運転で向かう。
どうやらラディタ先生のお家と縁のあるお宅のよう。
前回タバナンで一緒だったキドゥンチームのおじさまの顔も。


主役の赤ちゃんを抱っこしたお母さんから、
「どうぞ抱っこしてあげてください。」
と赤ちゃんを渡される。
久しぶりのぷにゅぷにゅの感覚。
か、可愛すぎる~

おばちゃんお姉ちゃん演奏頑張るからね!!


マンクーさん(お坊さん)も到着して、そろそろ儀式が始まるのでグンデルの前に座る。

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最初はMerak Ngeloから。
まずまずの出だし。

マンクーさんのマントラの邪魔にならないように、ゆったりめの曲をチョイス。
お次はお次はPakang raras。
この曲は何かの物語の主人公の名前で、ティガブラナンでよく演奏されると以前聞いたことがある。(由来ははっきり分からないけど。)
プガワッ(前半)を気持ちよく演奏していたんだけど、何とプゲチェ(後半)を微妙に間違えてしまう。
演奏の手を止めているわけではないので、曲を知らない人には気付かれないかもしれないが、相方にはばればれ・・・
間違える度にラディタ先生から厳しい視線が飛んでくる。
演奏中に何とか直そうと試みるのだが上手くいかない。
結局最後まで一部分が間違えたまま終了。
間違えてた部分の正しい音をその場で小声で指導。
あぁ、ごめんなさい。


続いて、Mesem、Bendu Semara。
どちらもゆっくりで苦手な曲。
所々、思い切り音を外してしまい大いに焦る
お次のSekar Ginotanで立て直そうとしたが、動揺を引きずってしまい、いつもなら間違えないところで間違えてしまった・・・

Alas Arum、Penyacah Parwaでようやく取り戻し、最後はSudamala。

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ゆりかごのお供え。

ごめん、赤ちゃん。
ふがいない演奏で。


こんなふがいない演奏だったにも関わらず、皆ご飯を食べろ食べろと勧めてくれるので、ご飯を山盛り頂いて会場を後にする。

来年こそは、しっかりした演奏をする!!
と心に誓う。
(もう何度目の誓いなんだか・・・)




今日の練習@Sukawati

2015年 12月24日 17:00 (木)

今日は、サルゴ先生も私も2人とも調子がよく、いつもより軽やかなつかみのSekar Ginotan。
続くSekar Sungsang。

「ようやく強弱の波がついてきたなー。」
とニヤニヤしながら言われる。

自分でもそう思う。
本当に同じ曲なのだろうか、と思うくらい強弱をつけることで曲に表情が出てくる。
ただし、これは今この環境だからこそ紡ぎ出せている音。
スカワティで、相手がサルゴ先生で、サルゴ先生のグンデルで、パングルで、お互いに調子が良くて・・・
サルゴマジックとでも言おうか。
デンパサールの自宅で私一人が演奏しても、この音はまだ出せない。
ただ、何となくだけどコツはつかめてはきた。

続いてはSulendro。
つっかえながらも止まることなく通す。

「Lotusyaは新しい曲が習いたいのか。」
「はい。」
「しかしワシは1曲1曲が完全に演奏出来ることを優先する。今ある曲が完璧なら次へ進もう。」

と、まずは今まで習ってきたスカワティの曲を演奏する。
Partha Wijaya。
演奏中、サルゴ先生が目をとじた。
これは音に集中している証拠。
私も自宅での練習の際にはよくやるが、目を閉じることで耳が研ぎ澄まされ、より音に集中が出来る。
Pengekorをややつっかえたが、
「まぁ、いいだろう。」

「デンパサールの曲もワシは好きなんだがな、強弱の付け方がやや甘いな。」
と言ってCecek Megelutの前奏を軽く弾きだす。
この曲は苦手なので、私は出来るとは言っていなかったのだが、誘われてしまったので続いて後を追う。
お?出来るのか、という顔をされ、プガワッ(曲の前半)が始まる。
この曲は、デンパサールの曲の中でも柔らかくゆったりした曲なのだが、サルゴ先生の手にかかると弾丸スカワティスタイルに変身していた(笑)

「Sekar Tamanもいくぞ!!」
こちらも縦のテンポがやけに強いSekar Taman。
全く別の曲の様だ。
しかもデンパサールとは全く違った強弱がつけてあり、ところどころ曲もアレンジしてある。
プゲチェ(曲の後半)でいまいち不明瞭なところがあり、いつもは勢いで合わせていたのだけど、サルゴ先生は見逃してくれない。
かなりつまずき、何度も繰り返す。
まさか、デンパサールの曲をスカワティで稽古するはめになるとは・・・

「この2曲は、ラディタの演奏を録画したんだ。」
ラディタ先生からも聞いていた。
以前はデンパサールの曲には見向きもしなかったサルゴ先生。
ひたすらスカワティの曲を追い続けていたという。

「丸くなったなぁ。」(ラディタ先生談)

もちろん、演奏を録画しただけで、ラディタ先生が手ほどきをしたわけではない。
私もよくやるが、画像を見ながら曲を習得するのは、かなり根気のいる作業。
サルゴ先生がそんなことをちまちまとするとは思えないので、恐らく耳コピ。
しかもサンシは自分で全部探している。
うむむ・・・レベルが高すぎて別世界。


「スカワティの曲に戻ろう。」
と、Kejojor、Crucuk Punyah。

お隣の家からMerak Ngeloが聞こえてきて、
「Merak Ngeloも出来るんだっけか?」
とサルゴ先生とは初合わせとなるMerak Ngelo。

最後にKrepetanを合わせ、
「よーし、OKだLotusya。いいか、今の感覚を絶対に忘れるな!!」

なんとか合格ってとこかな?



「大切なのは、Ilumだ。こればかりは金では買えない。」

※Ilumとは、術、学という意味ですが、ここでは技とでも訳してください。

「金塊や金は、盗める。しかしIlumは盗むことは出来ない。」
「今、Lotusyaが手にしたIlumは、Lotusyaのものだけだ。他の誰にも渡すことは出来ない。」
「Ilumはその人自身だ。どこにでも持っていくことが出来る。」
「今も、多くのバリ人、外国人がワシのもとを訪れるが、みんなワシのIlumに引き付けられているんだ。」
「いいかLotusya、今お前が手にしたIlumを絶対に忘れてはならん。」

50年以上グンデルを弾き続けているサルゴ先生の言葉は重い。
神妙に受け止める。

「次の曲は何にするかなー?Gambang Sukawatiか・・・Sekar Maduか・・・」
「Rebong Lengkapでお願いします。」
「Rebongか、何!?まだだったのか!この曲は儀式演奏でもワヤンでも重要な位置を占めるんだぞ。Rebongか、もちろんLengkapだな。」

「ところで、Bima Krodaはまだ覚えているか?」
「・・・Bima Krodaはまだ習ったことがないですが・・・」
「なにー!!Bima Krodaがまだだと・・・!!これはスカワティでは絶対に外せない曲だぞ!!」
(サルゴ先生は列車から降ろすことの出来ない曲と表現していた。)

「スカワティには絶対に降ろすことの出来ない曲がある。Sekar Ginotan、Sekar Sungsang、Sulendro。この3曲は、何があっても絶対だ。それから、Angkatan。Kejojor、Partha Wijaya、Krepetan。Bima Krodaはそのうちの1つだ。」
「Rebongの前にまずBima Krodaだ、いいな!」

そうだったのか・・・
以前、ラディタ先生にも「Bima Krodaやる?」って聞かれて、「また今度でいいや。」ってスルーしていた。
Bima Krodaとは、マハバラタのパンダワ兄弟、ビモの怒りの曲。
そんなに大切な曲だったとは・・・

次週はBima Krodaかな?
(サルゴ先生が来週までこの話を覚えていれば)




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注:記事と写真は何の関係もありません。


Tirta Yatra(寺院巡り)

2015年 12月21日 16:57 (月)

この日は職場の研修旅行。
旅行といってもTirta Yatra。

Tirta=聖水
Yatra=Perlajanan=旅行・道のり

なので、ようは聖水を受けにお寺を巡ること。
バリ人には旅行に行くという感覚があまりないので、

「よし!休みだ!!寺を巡ろう!!」

となる。
(なんと敬虔なヒンドゥー教徒なのだろうか・・・)

職場はウブド近くのマス村なので、朝からバイクを飛ばしてマス村へと向かう。
マス村に到着すると、村の集会場には大型バスが既に2台到着していた。
職員の家族も合わせると合計80人近い団体でのお寺巡り。

久しぶりのバスでちょっとワクワクしながら出発。

今回巡るお寺はキンタマーニを更に北上したところにある、
「Pura Bukit Pucak Sinunggal」と、
更に北上しシガラジャ沿岸にある
「Pura Ponjok Batu」の2ヶ所。

まずはテガララン、キンタマーニといった景勝地を通り過ぎ、マス村から約2時間半かけて「Pura Bukit Pucak Sinunggal」へ到着。

こちらの寺院は今から1,500年前に建てられたらしく、バリでも最も古い寺院の一つになる。
寺院の入り口にはブリンギンの木が生えており、門構えからしてもかなりのパワーを感じる。(何となく。)

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Bukit=丘
というだけあって、寺院までの道のりは300mの階段を登っていく。
緩やかな階段だったのでまだ助かったが、普段運動をしない私にはかなり堪えた。
(翌日足パンパン。)

私なんかは手ぶらだったが、バリ人はこの階段をお供え物を頭に乗せて上ったりする。
(お供え物は胸の高さより下に持ってはいけない。)

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昔この森に虎が住んでいたという言い伝えがあるらしい。

ヒーヒー言いながらようやく寺院に到着。

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さてお祈り、と思ったら何とマンクー(僧侶)さんがまだマンディ中とのことで、しばしのブレイクタイム。(1時間位ぼんやり待ちぼうけ)

こちらの寺院には、健康や子宝を望む人が駆けつけるらしい。
1,500年前からバリ島とバリ人を守り続けている。

ようやくマンクーさんが到着し、お祈りタイム。

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ドゥパ(線香)の香りとマンクーさんの鳴らす鈴の音、色鮮やかなチャナンと花の香り・・・
五感がピリピリと刺激され、お祈り時特有の神聖な空気が濃くなっていく。
しばし目を閉じて神に祈る。
祈りが終わった後は聖水とBija(聖水に浸した米)を頂き、清清しい気持ちとなる。
私がバリで暮らしていてよかった、と思う瞬間。


寺院から戻り、駐車場でランチタイム。
アヤムベトゥトゥにティパット。
これを駐車場にじかに座り手づかみで食べる。
バリではごく普通の光景。

お腹も満たされたところで、次の目的地「Pura Ponjok Batu」へ向かう。
このシガラジャの沿岸にあるお寺は、昔夫と付き合っていたときに一度行ったことがある。
なので、実に5年ぶり。
いつもシガラジャへ向かう時はバリ中部のブドゥグルを通るルートで向かう為、今回のキンタマーニを北上してのルートは初めて。

バスの窓から見慣れない景色を眺めるが、
バリはどこにいってもバリなので安心する。
山中はあふれんばかりの緑で、その中にぱっと目をひく鮮やかな花々が自生している。
人々の家や道端、寺院には必ずお供え物が供えられており、落ち着く。
何て豊かな島なんだろうと思う。

インドネシアだったら自然いっぱい、緑いっぱいなんて当たり前だと思うかもしれないが、以前シンガポール近くのビンタン島、バタム島へ行ったときは、開発により土地が開墾されており赤茶けた土だらけで緑は本当にわずかという状態だった。

それを思うと、バリも開発はされているが、バリの人々は自然との共存を前提に考えているので、観光地や都市部であっても緑が目に付く。
いい島だな。


なんてことを考えているうちに、シガラジャの海が見えてきた。
シガラジャはバリ南部よりも赤道により近い為、暑さが一段と堪える。
それでも海岸の生ぬるい風に吹かれると、疲れも一気に吹き飛ぶ。

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ここ「Pura Ponjok Batu」では、寺院に入る前に寺院横の海岸沿いでMelukat(沐浴)をしなければならない。
沐浴といってもそんなに大げさなものではなく、足を水につけ、水を頭から軽くかけ、うがいをする程度。

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ここはなんとも不思議な場所で、海からの海水の流れとは真逆の方向から真水が流れ込んでいる箇所がある。
マンクーさんに尋ねてみると、どうやらバトゥール山からの湧き水がここまで流れ着いているらしく、確かに海と混ざり合っているのに、口に含んでみると全くしょっぱくなく真水であることが分かる。
バリ人はこの水を聖なる水としており、「Pura Ponjok Batu」に入る前には必ずこの水で体を清めてから入るようになったのだという。

Melukat後はお寺に入ってお祈り。

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こちらのお寺には巨大なガネーシャの像が収められている。
その隣はシワ神の祠で、この祠の足元で頭を地面につけてお祈りごとをすると叶うんだとか。


今回巡ったのは2つの寺院のみだったが、この時点で既に夕方。
ここから3時間かけてマス村まで戻り、体的にはもうくたくた・・・
だが、心はフレッシュ!!



楽しかった。
また行きたいな~


今日の練習@Sukawati

2015年 12月18日 16:46 (金)

まずはつかみのSekar Ginotan。
テンポもだいぶ安定してきた。
強弱も何となくだが覚えてきた。


「サルゴ先生、お体の具合は本当に大丈夫ですか?」

実は先週の練習はサルゴ先生の体調不良でお休みだった。
今日の練習も、前日電話した時は「まだ分からん・・・」と言われており、
朝もう一度電話した時に、「いいからとにかく来い。」と言われて来た。
以前に、「Lotusyaは日曜日しか練習に来れないからな。日曜日は疲れていても稽古をつけてやらんと可哀想だからな。」
と言われていたので、無理をしているのではないかとちょっと心配。

「大丈夫だ。歳を取ったら調子が悪くなるのは当たり前。グンデルを叩くのはまだまだ大丈夫だ。」

よかった。若干パングルさばきにいつもの力強さはないので無理強いは出来ないが・・・

お次はSekar Sungsang。
前回アレンジした部分のテンポが若干違っていて、苦笑いされる。

続いてSulendro。
こちらは前回つまづいたところはクリアーできた。


「今、アメリカからMが来ているぞ!いつもなら家で朝ごはんを食べてる時間なんだが、今日はまだ来ないな・・・電話してみるか。」

アメリカ人のMさんは随分と昔からサルゴ先生にグンデルを習っている方で、サルゴ先生一家とは家族のような付き合いをされていると以前から話を聞いていた。
Mさんと電話で話しているサルゴ先生は、自然と顔も緩みリラックスしている様子。

「後で来るんだと。じゃ、練習の続きをしよう。」

前回から習っているPartha Wijayaの完全版。
前半の曲の部分はダブルで叩くところも分かってきてなんなくクリアー出来たんだけど、後半のPengekorの部分は・・・
あれ?こんなに速いスピードなの?
って位速くて、手が全然ついていかない。
しかも、パターンを崩して一瞬止めるAngselの部分は、私が覚え違いをしていて若干間違っておりもうガタガタ。
あららら・・・

何度練習しても上手くいかず、サルゴ先生は呆れ顔。
あららら・・・

「まぁ、いいだろう。今日は新しい曲はなしな。いまいち集中が足りんから。」
と今までに習った曲を練習。

Kejojor、Krepetan、Crucuk Punyah・・・

練習途中で、ダランのナルタさんや、ロチェン先生の息子さんのクトゥット先生がふらりと尋ねてくる。
スカワティの日常。

と、この辺でMさんが到着。

「初めまして~」とご挨拶。
アメリカ人のMさんと日本人の私が話す共通語はインドネシア語、という奇妙なことが起こる。

聞いたところによると、Mさんはもう30年もグンデルを習い続けているのだそう。
凄い~!!
30年前にバリでグンデルに出会い、それから1年に1ヶ月位をバリでグンデルを弾いて過ごす、というのが彼女のお決まりパターンなんだとか。

「アメリカからバリまでは、ドア To ドアで33時間も掛かるからね~。本当はもっと来たいんだけど、1年に1回が限度なのよ。」
(バリ~日本間の7時間とは比べ物にならないなー。)

「グンデルを習い始めてからもう30年経つわ。グンデルにはね、中毒性があるのよ。」
(同意。私もこんなにはまるとは思っていなかった。)

「あら、あなたバリ人と結婚したの?それはラッキーね!」
(ラッキーと思ったことはあまりないが、そういう考え方もあるのか。)

「日本も大好きよ。温泉が最高!ご飯も美味しいしね
(同意。)

サルゴ先生の奥様から、「Mは面白いよ~。」と聞いていたけど、なるほど、噂通りとてもチャーミングな女性だ。

「Lotusya、ワシは休む。Mと交代だ!」

ということで、Mさんに稽古をつけてもらう。
Mさんはアメリカでもグンデルを教えており、私なんかより何十年も先輩。

「何の曲がいいかしら~。」
「私、スカワティの曲はポロスしか出来ないんです。」
「あら、私はサンシしか出来ないわ。私たちはぴったりね

まずはSekar Sungsang。
Mさんの演奏は女性らしくとても柔らかい。
しかも曲の移り変わりやポイントポイントに目で合図を送ってきてくれて、初めて合わせるのに分かりやすい。
が、さっき練習したばかりのSekar Sungsangなのに思いっきり間違える私。

「あら、そこワンフレーズ足りないわ。」
と何度やっても出来ない私に根気強く教えてくれる。
サルゴ先生の場合、力強く正しい方へと引っ張って行ってくれるが、こうしていざ別の人と合わせようとして間違ってしまうということはまだまだ曲が体に染み付いていない。

「わー、いっぱい間違えたー。ごめんなさいー。」
「大丈夫よ!私もいっぱい間違えたわ~。」

なんて言いながらお次はSulendro。
これはMさんのフォローもあって何とか最後までOK。

それにしても何て楽しいんだろう。
アメリカと日本で、生まれた国も違えば言葉も文化も違う私たちが、バリで初めて会ったその日にこうしてグンデルを一緒に演奏している。
こういう瞬間が本当に好きで、ついつい「嬉しい」を連発していた。
「私も嬉しいわ~。いいわよね、こういうの。」
Mさんんも心底グンデルを愛しているということが伝わってくる。

「次は何の曲がいいかな・・・」
「Merak Ngeloなんてどう?」

おぉ、Merak Ngelo、スカワティで演奏するのは初めて。
カユマススタイルとはちょっと違い、スカワティスタイルは確か第1章の左手が「Ning.Nong.Ning.Nong」となる。
(カユマスは「Ning.Ning.Nong」)

それさえ注意すれば、後は殆ど同じ。
(多少の装飾は違うけど。)

久々にMerak Ngeloを人と合わせられて嬉しい


「私はあと5週間バリにいるから、また会えるわね!」
嬉しいな~、また一緒に演奏できる。

お歳はサルゴ先生と同じくらいと聞いていたけど、元気はつらつでパワフルなMさん。
ちょうど今の私と同じ位の歳にグンデルを始めたということになる。
ということは、私もあと30年はグンデルを元気に叩き続けられる・・・かな?
勇気と希望をもらえた。




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「パナス・ダラム」と「マスッ・アンギン」

2015年 12月15日 16:27 (火)

では、前回の続き、「パナス・ダラム」と「マスッ・アンギン」について解説したいと思います。

こんなくだらないことを書き出すなんて、さてはネタが切れたな?と思われた方。
いいえ、違うんです。

この「パナス・ダラム」と「マスッ・アンギン」という2つの病気(?)は、私をずっと悩ませ続けているもので(意味が分かりづらいという意味で)、いつかどこかに書いてみたいと思っていたものです。
正直、本当にくだらない話なのですが、お付き合い頂けましたら嬉しいです。


※ちなみに、これから書く解説は、私が6年間バリに住んで、狭いネットワークの中から得た自己流の解釈ですので、全く医学的根拠はありません。
かなり間違っている点もあるかと思います。
あしからず・・・



******



まずは、グンデル界の巨匠サルゴ先生を襲った「パナス・ダラム」とは・・・


PANAS=熱い
DALAM=中

で中が熱い・・・簡単に言うと「胸焼け」。

ただ、日本で一般的に言われている胸焼けとちょっと違うのは、

「消化管全てが熱い!!」

ということ。

人間を始めとする生物は皆、口から入れてお尻から出すのが基本。(下品ですみません・・・)
乱暴に言うと、“筒”のようなもの。
その筒状の消化管全てが熱をもつことを「パナス・ダラム」という。
症状は、胸焼け・胃の痛みに追加して、口内炎、喉の渇き、喉の痛み、腹痛、下痢、便秘等。
とにかく消化管全体の症状を指す。

原因は、脂っこいインドネシア料理と、激辛なサンバル。

特にサンバルの食べ過ぎは顕著にパナス・ダラムを引き起こす。
何でも食べすぎはよくない。

そして、このパナス・ダラムを治すのにインドネシア人が愛用するのが、

こちら↓

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「LAUTAN CAP KAKITIGA」

パナス・ダラムの大定番。
注目は3本の足マーク。

KAKI=足
TIGA=3

こちらの関連商品には3本足のマークが必ずついている。
上の写真は子供用の無味・無臭のものだけど、
缶入りだと色々な味付きがあったりする。(みかん味とか、ライチ味とか・・・)

その他の類似商品は、CAP PANDA、LASEGAR、ADAM SARI(粉を水に溶かすタイプ)などなど。

こちら、JAMUマークが付いているので、インドネシア古来の生薬扱い。
なぜ、この生薬でパナス・ダラムが治るのかは・・・不明。

とにかく、「胸焼けがする・・・」なんて訴えようものなら、

「そりゃいかん、パナス・ダラムだ。これを飲め!!」
となる。



***



続きましては、ダラン界の巨匠ウィジャ先生を襲った「マスッ・アンギン」について。


これが、未だに私を???とさせているもので、

MASUK=入る
ANGIN=風

直訳では「風が入る」。


私は今までに3人のインドネシア人の先生からインドネシア語を教わってきており、一番初めに教わった中華系インドネシア人の先生からは、

「Masuk Angin・・・?うーん、まぁ風邪みたいなものだね。」
と教えられていた。

私が100%の信頼を置いている、インドネシア語の辞書、東京外国語大学教授:佐々木重次先生編集の

「最新インドネシア語小辞典」(私が持っているのは第1.3版)

の中でも、Masuk anginは、
「腹痛や筋肉痛を主症状とるす風邪、冷え」
とある。

なので、マスッ・アンギンはずっと風邪のことだと思っていた。

しかしある日、3番目にインドネシア語を教えて貰っていたバリ人の先生から、

「Lotusyaさん、何か勘違いしているようだけど、風邪とMasuk anginは全く違うものだよ。」
と言われる。
「風邪を表すインドネシア語は”Flu”、Masuk anginとは全然違う。」

え???

さらにその後結婚して、夫と夫の家族からも、

「Lotusya何言ってるの~。Masuk anginは風邪じゃないよ~。」
と言われる。

は???

何言ってんの?この人達??
とこの時点ではまだ半信半疑だった私。

で、ある日、体がだるくて調子がいまひとつだったのでマッサージを受けに行った時のこと。
マッサージのお姉さんから、
「あら、あなたマスッ・アンギンね。かなりひどいわよ。」
と言われる。
その時、私に風邪の症状である(頭痛、発熱、咳、鼻水、くしゃみ)等は皆無。

ここで、ようやく気が付いた。
明らかにインドネシアの人々は「風邪」と「マスッ・アンギン」を別物としてあつかっている・・・!!
と。

確かに、生活していて違和感は感じていた。
マスッ・アンギン=風邪

何だかこれじゃない感というか、しっくりこないというか、うまくかみ合っていないというか・・・

そこで、夫にさらに深く掘り下げて聞いてみた。

「マスッ・アンギンは風が体に入って色々悪さをすることだよ。」

(ほう、そのまんまだな。)

「例えば、ご飯を食べるのが遅れて、お腹がすいている時にバイクに乗って風が体に沢山入ったらマスッ・アンギンになるんだよ。」

(だからご飯ばっかり食べてるのかなぁ:1日5食位食べてる人がいたりする。)

「夜に冷たい水でマンディ(水浴び)してもマスッ・アンギンになりやすいよね。だからみんなマンディは夕方のうちにするんだよ。」

(え、そうなの?それって湯冷めみたいなもの?)

「とにかくマスッ・アンギンはPenyakit Toropis(熱帯特有の病気)だからね~。インドネシア人はしょっちゅうかかってるよ!」

(熱帯特有の病気!?ほんとかなぁ・・・)

という、感じ。

※熱帯特有の~のくだりは夫がかなり適当に言っていると思うので、その他の熱帯地域に同じ症状を呈する病気があるかは定かではありません。

マスッ・アンギンの主な症状は、頭痛、吐き気、倦怠感、腹痛、下痢、便秘、などなど。
これには一般的な風邪の症状とされる発熱、咳、鼻水といったものは含まれない。
(夫曰く、マスッ・アンギンで熱が出ることもある!!んだとか・・・)

確かに佐々木重次先生が仰るように、
「腹痛や筋肉痛を主症状とるす風邪、冷え」
というのが一番的を得ているような気がする。

ただ、風邪というからにはウイルスありきとなる。

・・・

これは完全に私の独断だが、
マスッ・アンギンにはウイルスの気配が感じられない・・・
発熱もウイルスや細菌のせいではなく、知恵熱的な?

※ここは完全に私の独断の意見です。医学的根拠ゼロです。


そして、マスッ・アンギンの時に好んで飲まれるのが、以前にもご紹介したことのあるこちら、

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「TOLAK ANGIN」

こちらもインドネシアの生薬配合のJAMU。
なぜこれを飲むとマスッ・アンギンが改善するかは、不明。
ただ、飲むと身体が温まるし、身体にはよさそうだな~とは思う。

その他の対処療法として、

「Kerik」

これは、「Kerokan:ケロカン」とか「Dikerok:ディケロッ」と呼ばれることが多い。
コインで肋骨に沿って背中(時には頭まで)を強く擦ることで、赤い跡が付くまで行われる。
上記でマッサージのお姉さんが、私にマスッ・アンギンだと指摘したのはこれ。
背中をマッサージした時に皮膚が直ぐに赤くなったからだと思う。

ちなみに、私は新婚旅行の前日に体調を崩し、マスッ・アンギンだと周りに騒がれ、このDikerokを意味の分からないまま施され、次の日ビーチで水着になる時に大変恥ずかしい思いをしたという経験がある。
(効果の程は・・・気持ち程度?)



***



まとめとして私が思うに、「マスッ・アンギン」とは、原因の分からない身体の不調を総称してそう呼ぶことで、

「何だか調子が悪い・・・何でだろう。何か悪い病気なのでは・・・」
と不安に思うよりも、
「何だか調子が悪い・・・マスッ・アンギンか。ならしょうがない。TOLAK ANGINでも飲んどこう。」
と思うことで、心の安定を図る為に生み出された病気(?)なのではないかと思っている。

この考えは、本当に病気の時はそれを見過ごしてしまいかねないかと思う。
ただ、多くのインドネシア人(特に昔ながらの人)は、事前に検査をして病気を早期発見しよう、という考えを殆ど持っていない。
病院に極力行かずに何とかやり過ごしたいと思っている。
病院に行って何か病気が見つかったら怖いじゃないか!何て言う人もいる。

病気に対する考え方は人それぞれなので、私はこれに関して何かを言うつもりはない。
全ては自己責任。

実際、日本の様に医療保険の整っていないインドネシアで病気になって、高額の医療費を皆がみんな払えるかと言うと、答えはNOである。
BPJS(最近始まった医療保障)を待っていたら病気が悪化してしまう、ということもあるだろう。

その土地にはその土地のやり方がある。
骨折した後にマッサージ屋に行って治す(整体みたいなもの?)何ていうおじいちゃんに、「何言ってるの!マッサージなんて言語道断!!早く病院に行かなきゃ!!」
何て言っても、大きなお世話なのである。
こうした方がいい、ああした方がいい、と意見を押し付けることはエゴでしかない。


今では私も「そういうものかな」と思い、何となく不調な時はTOLAK ANGINを飲んで様子をみたりしている。
(Dikerokはお断りだが・・・)



******


以上が、私を未だに悩ませている「パナス・ダラム」と「マスッ・アンギン」の私なりの説明になります。
文章をまとめるのが苦手なので無駄に長くなりましたが、最後までお付き合いありがとうございました。

特に「マスッ・アンギン」なんてかなり強引に結論付けてしまいましたが、もしどなたか「マスッ・アンギン」を医学的根拠を持って説明できる方がいたら是非教えて頂きたいです。
(結構切実)


まぁ、世界にはまだまだ自分の常識でははかれないことが沢山あるということで・・・



Wayang Ramayana 鑑賞 ~WAYANG RAMAYANA WORKSHOP~

2015年 12月10日 17:41 (木)


※以前ご紹介した、ワヤン・ラマヤナのワークショップのお話です。


*****



この日はワヤン・ラマヤナのワークショップの3日目。
練習の部分は仕事もあるのでいけないけど、この日は夜からPentas(舞台公演)が開催予定。
どうしよう。行くか、行くまいか。
この時ちょうど私も娘も風邪が治りたてほやほや、夫は正に風邪っぴき中だったので、この状態ではちょっと厳しいかな・・・と思っていたところへ、夕方サルゴ先生から電話が。

「Lotusyaか。ワシは今デンパサールにいるぞ。Wayang Ramayana Work Shopだ。今から来れるか?」
むむむ・・・サルゴ先生からの直々のお誘い。
断り辛い・・・
夫に確認してみると、「寝てるだけだから行ってきていいよ」とのことだったので、あわてて準備(夫の夜ご飯も)して、娘を連れて会場へ。
ひどい妻でごめんよ~夫。
そしてありがとう~。

会場に着くと、サルゴ先生が「Lotusyaこっちだ。」とPentasの舞台部屋へ案内してくれる。
「ワシは3日前から、ここにずっと詰めていたんだ。」
「おかげで調子が悪い。」

あらら・・・

舞台部屋は何だか講堂のようなところ。
机や椅子がずらっと並んでおり、黒板前にワヤンのスクリーンとガムランセットが1セット置いてあった。
何だか、私が思っていたワークショップとは違ったみたい・・・
てっきりワヤンやガムランに興味のある人が自由参加の和気あいあいとしたワークショップなのかと思っていたら、どうやら選抜された人を集めてのワークショップだったみたい。
(パンフレットには参加資格はどこにも書いていなかったけど、そもそもパンフレット(招待状?)が送られてきた人対象だったのね・・・)

※万が一、以前に私が書いた記事でこのワークショップに行こうとしていた方がいたら申し訳ありません。(そんな方はいないかとは思いますが・・・)

練習場に突撃しなくてよかったー


で、このPentasは誰でも鑑賞OKということで、サルゴ先生はわざわざ電話で誘ってくれたという訳。
ありがとうございます~

次々と人々が集まってきたが、周りはどうやらワヤン関係の重鎮ばかりの様子。
きっと有名ダランさんやプナブ(演奏者)さんが集まってきているんだろうなぁ。

少し時間を過ぎたところで、司会の人が今回のコンセプトを話し始める。
サルゴ先生から聞いた話も合わせて要約すると、今回のワークショップはお年頃の(若者)ダランさんやプナブさん対象。
指導はバリ島各地の代表のダランさん、プナブさんで、地域によって違いのあるワヤンの公演内容をそれぞれの指導者が曲を出し合って統一したものを作り出し、それを若い世代に伝えていくのを目的のもとに開かれたのだとか。

そもそもワヤンは各地域ごとにかなりの違いがあり(特にグンデルの曲)、スカワティとカユマス、タバナン、カランアッサム、シガラジャなどそれぞれが全く違うのが通常。
同じデンパサールでも各Sanggarによって伝えられる曲は微妙に違い、全く同じスタイルの曲でワヤンを演じるということは少ない。
なので、違う地域のプナブ同士が集まっても、ワヤンの曲を合わせることが出来ない。

今回の試みは(バリ初かな?)かなり画期的で、正に私が願っていたことそのもの。
私は常日頃より、バリ島で統一されたスタイルがあったらいいなぁ、と望んでいた。
せっかくお互い同じグンデルワヤンを学んでいるのに、地域が違うというだけでとっさに合わせられないのは何だかさみしいなぁ、と思っていたので。

若い世代のダランさん、プナブさんは殆どがISI(国立インドネシア芸術大学)の生徒さん。
中にはRaditha先生の甥っ子のダランE君の姿も(彼はISIの生徒ではないけれど)。
20~30人ほどが集められており、3日間の特訓を経て最終的に選抜された者が今回の公演を行うとのこと。
正に最先端のワヤン公演!!
ドキドキしてきた。

最初はサルゴ先生と一緒に席についていたんだけど、公演が始まるやいなやサルゴ先生は舞台裏へ直行。(気になるんだろうね。)
私も観やすい席へと移動する。

案内によると、最初はシガラジャのスタイルで始まるとの事。
夫の田舎のシガラジャのワヤン舞台を1度も観たことがないので、ワクワク
まずは「ジャーン!!」とグンデルの音が鳴り響く。
今回は物語りがRamayanaなので、続いて鳴り物(クンダンやチェンチェンなど)の音が合わせられる。
おぉ、これがシガラジャスタイルか~。
カユマスともスカワティともタバナンスタイルとも全然違う、初めて聞くスタイル。

P_20151121_200123_1-01.jpeg


物語の内容はいつも通り、古代カウィ語とバリ語なので全然分からないので、音楽に集中する。全て初めて聞く曲ばかり。
(舞台脇には、カユマスの巨匠スダルノ先生の姿も見えたけど、カユマスの曲は後半に使用かな?)

途中で、ワヤンの舞台とは別に人形を使った演出(若者らしい)なんかもあり、娘も楽しんでたみたい。
19時半頃から2時間の公演。
21時頃に娘が「もう帰るー。」と言い出したので最後までは観られなかったが、かなり貴重な舞台を少しでも観ることが出来て大満足。

今回はRamayanaだったが、Parwa(一般的なワヤンの演目:マハバラタ物語を基本としている)でも是非企画してもらいたい!!
(切実な願い)


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この日の様子をちょっとご紹介


こちらがシガラジャスタイルのオープニング。


どこが何スタイルなのかはもはや分からない。



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後日談


合計4日間に渡るこのワークショップに詰めていたサルゴ先生。
調子が悪いとしきりに訴えていたが、「パナス・ダラム」になったんだとか。

さらに、ダランのウィジャさんにおいては「マスッ・アンギン」で最終日をお休み。

このワヤン界の巨匠を次々と襲った「パナス・ダラム」と「マスッ・アンギン」とは!?
次回はこの2つの病気(?)について解説したいと思います!

Wayang Lemah鑑賞 ~Benawah編~

2015年 12月07日 16:08 (月)

前回のウパチャラからの抜粋。
いよいよ始まったWayang Lemah~

知った方達の上演ではないので、最初は遠慮してちょっと離れたところからカメラを構えていたんだけど、やっぱり我慢が出来なくなってしまい、ダランさんの真後ろという一番贅沢な場所へ勝手に移動。

ダランさんは、ちょっと強面のおじいちゃんダラン。
クテンコン(ダラン助手)さんは、さっき私の写真を撮っていた人!
演奏はやっぱりさっきの女の子達。
(仲間認識してくれていて、私と目が合うとニコニコ笑ってくれる。可愛い。)

オープニング曲はSekar Sungsang。
スカワティスタイルだ。
ということは、ワヤンの曲もスカワティスタイルということだろう。
とても丁寧な演奏。
次にPemungkahが続き、ダランさんがチュパラにてワヤンの箱を叩いたのを皮切りに、隣でトペンダンス(仮面舞踊)か始まる。
ワヤンのグンデル演奏、トペンダンスのスマル・プグリンガン、それにプダンダ(最高僧)さんのマントラと鈴の音が混ざり合って、あたりは混沌とした感じになる。
これはバリの儀式のスタイルそのもの。

グンデルの音色は側で見ている私の耳ですら殆ど届かない。
ダランさんの手元に注目する。

DSC00403.jpg

かなり古く、使い込まれたワヤンだ。
興味を押さえることが出来なくて、勇気を出してクテンコンさんに聞いていみる。

「凄く古いワヤンですね。どれくらいの年月が経っているんですか?」
「このワヤンは大体150年程経っているよ。」
と快く答えてくれた。

150年!?
戦前よりはるか前から使用されているワヤンということになる。

「我が家には3種類のワヤンがあってね、一番古いのだと350年位前のものになるよ。」

えぇー!!350年前!?
一体どんなワヤンなんだろう。
350年前にバリの人が作ったワヤンか~。
しばし妄想する。

ふと、ダランさんを指差して、
「これ、俺の親父。グンデル弾いてるのは俺の娘。そこに座っている(バンタン:お供え物係り)のが俺の奥さん。」
「あははは、じゃあ一家総出でワヤンの上演してるってこと!?」
「そういうことだ。ははは!!」

面白いなー。

ダランさんはチュパラをしっかりと打ち付ける、私好みのダランさん。
(誰もそんなことは聞いていないか。)

DSC00425.jpg

それにしても凄く渋いワヤン。
わざと作られたものではなく、本物のアンティーク仕様のワヤンが現在もなおこうして現役。

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子供もワヤンに夢中

最後の聖水タイムはカヨナン、アチンティア、トゥアレン、そしてシワ神の代わりにムルダを使用していた。
処変われば、作法も変わる。

ワヤン終了後、Raditha先生も交えて話していたんだけど、ふいにダランさんが振り返って、

「Simpang?」
と言われる。

え?Simpang? 
インドネシア語だと、交差点?分かれ道??
何て訳が分からなくなっていると、

「ありゃ、バリ語ダメだったか。」
と言われた。

Raditha先生が、
「バリ語でSimpangは、インドネシア語のMampir:寄っていく、と同じ意味だよ。」
と教えてくれる。

えぇー!!
マジで!?
寄ってく、寄ってく~
何て思ったけど、これは所謂Basa-basi(社交辞令)ってやつですね。
本当はこの社交辞令を真に受けて、ご自宅へ是非伺って350年前のワヤンを見たかったけど・・・

とにかくカッコよくて渋いWayang Lemahでした




*****


この日の様子をご紹介。


チュパラが鳴った後は、色んな音が入り乱れてグンデルの音はかき消される・・・


スカワティスタイルのPengalangakara。(スカワティスタイルでの名前は違うかも)
ダランさんがグンデルの音に合わせて唄う。
私はこの場面が大好き。



今日の練習曲【Partha Wijaya Pengekorつづき】@Sukawati

2015年 12月04日 16:57 (金)

サルゴ先生のお家に着いて、2人ともグンデルの前についたら無言でいきなりSekar Ginotanの演奏が始まる・・・
というのがBiasa(普通)になってきた今日この頃。

テンポはOK、止めもOK、となれば次は強弱だ!と言わんばかりに、細かい部分の強弱の指導が入る。
グンデルはピアノの様に楽譜がないので、強弱は結構人それぞれ。
なのでこればっかりは録画してもよく分からず、ひたすら師匠のもとについてちょっとずつ習得していくしかない。

お次はSekar Sungsang。
こちらも合図なく突然の演奏。

サルゴ先生はこの2曲はちょっとCDとは違う独特のテンポや音を取る部分があって、「こうするともっといい」と指導が入る。

さらにPartha Wijaya。
通常の曲の部分を弾いていると、突如手が止まる。

「いいか、これからPartha Wijayaをもっとよくする為の秘密を教えるぞ。」
と、通常は止める部分に音を追加していく。
なるほど、この部分に音を入れると、曲にさらに厚みが出る。

「ダブルで叩けるところは出来るだけダブルにするんだ!」
1つの音を細かくダブルで叩くことによって、更に曲に厚みが出てくる。

こうしたサルゴ先生の1曲1曲を更に良くする為に追求していく姿勢は尊敬するに値する。
曲が正確に演奏できるところでストップしてはいけないのだ。
自分の中でその曲を最高の極みまで持っていくために追い続けなくてはならない。

更に前回習ったPengekor(おまけ)の部分を弾き込んでいく。
思ったとおり結構なスピードでの演奏。
とりあえず間違わずについていくので精一杯。

「よし、型は覚えてきたな。次は遊びを入れていくぞ。」
とAngselや強弱をつけていく。

「このPengekor、更に続きがあるけど、今習っていく?」
「もちろんです!」

Pengekorパート2とでもいうのか、このパートはサルゴ先生の完全なるオリジナル。
私はこういうのが大好き
だって他の先生からは絶対に習えないから。
嬉しいな~

「簡単なフレーズだけど、味があるだろ?」

はい!!




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Hari raya Pagerwesi

2015年 12月02日 16:02 (水)

今日はバリヒンドゥーの祭日Pegerwesi(パゲルウェシ)。
Pagar(柵)、Besi(鉄)という意味で、(聖なる鉄の柵で)人間界を守る為に神々が天界から降りてくると言われている日。
(かなり私的解釈が入っています~。)

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この祭日は、デンパサールの人々にはあまり重要視されていないのだが、北部シガラジャの人間にはガルンガン(お盆)に匹敵するくらい大切な祭日となる。
夫の田舎のシガラジャでは、毎回Pagerwesiは街をあげて盛大なお祝いが行われる。(らしい)
Pagerwesiは必ず水曜日の為、平日に往復6時間かけてPulang kampung(帰省)するのは少々厳しいので、我が家ではいつも近所のJagat Natha寺院でお祈り。

今日も午前中には家中のMebanten(お供え)を済ませ、夜にはお寺にお参り予定(雨が降らなければ)。
今ちょっと曇ってるんだけど、このまま晴れますように・・・

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