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日本へのお供

2015年 03月30日 23:33 (月)

巷では桜満開のニュースも流れているが、私の地元では開花はもう少し先。
なので今回の帰国では花見はなし。
バリの生ぬるい気候に慣れきった私の身体は、寒さと乾燥でやられています。

さて、今回も前回の帰国時と同様、こちらのパングルがお供。

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こちらを使ってエアーグンデルなんてしてます。

〜エアーグンデルの方法〜
①スマホで今まで撮った映像を見ながら、
②テーブルの上に置いた枕を叩く。
以上。

道具を使ってるあたり、エアーとはちょっと違うかもですが…
少しでも指が鈍らないようにと思いやってはいるものの、効果の程は不明。
日本で慌ただしい日々を過ごしていると、バリの事をさっぱり忘れてしまいそうになるので、忘れ防止には少しは役に立ってるかな…?

でも、これをやってると娘から、
「枕がかわいそうでしょ!!ダメ!!」
と怒られる。
はい、すみません…
で、娘が寝静まった夜中にこっそりやる。
怪しさ満点…


あぁ、暖かくて、のんびりしてて、グンデルが思いきり叩けるバリが恋しいなぁ。


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覚悟

2015年 03月25日 16:53 (水)

4年前、バリ人の夫と結婚してわりと最初の頃、バリのお葬式に参加した。
亡くなったのは、夫のお父さんの従兄弟のお母さんで、私は一度もお会いしたことのない方。
日本だと随分遠い親戚なのでお葬式に参加することは珍しいかもしれないけれど、バリは違う。
絶対参加。
なぜなら同じSanggah(家寺)の人だから。
私も結婚の時に夫のSanggahに入っているので、その繋がりは絶対。

バリのお葬式はNgabenと呼ばれ、バリ人の人生の通過儀礼の中で最も大切なものなのだけど、Ngabenはもの凄くお金がかかるので、この時はNgaben前の儀式のみ。

色々衝撃的だった。
まずは、火葬場へ向かう前に家族みんな(親戚一同、男女全て)でご遺体を沐浴。(もちろん裸)
そして、ご遺体を焼く時はガスバーナーを使用、等。

でも参加してよかった。
私も死んだ後はこうなるんだ、っていう覚悟が出来たから。
まぁ、これは覚悟というか、心構えというか。
死んだ後のことなので、されるがままで本人の意思はあまり関係ないかもしれないけれど。
手厚く埋葬されることには間違いない、と思う。


まずこれが一つ目の覚悟。


そしてもう一つが、私は日本の家族の死に目には会えないかもしれない、という覚悟。
これは、海外で暮らしている人はみんな同じだろうし、自分で決めて外国暮らしをしているのだから仕方がない。
申し訳ないけど、仕方がないな、と思っていた。

そんな折、先月のことだけど、祖母が死んだと妹から連絡があった。
泣きながらそのことを伝えてくる妹に、最後は苦しまなかったことを確認して、連絡をくれたことに礼を言って電話を切った。
父からも母からも「葬式には参加出来ないのか」と連絡が来たが、「残念ながら出来ない」と返事をした。
実際、出来ない状況だった。
私の持っているインドネシアのビザはKITAPといって、インドネシア国外に出る時は出国許可証が必要。
申請には4日かかる。
知らせを受けたのは土曜日。
土日はイミグレーションは休みなので、月曜日に申請しても出来上がるのは木曜日。
お葬式は火曜日。
しかも、その時私は体調を崩していて、断食3日目でふらふら。
そんな中、飛行機のチケットを買いに行き、娘と二人分の冬支度をして、娘を連れて日本に帰るのは現実的ではなかった。

生前の祖母は、孫の私から見てもちょっと困った性格の持ち主だったのだけど、父方の祖母で生まれた時から一緒に暮らしていたし、幼い頃は家庭の事情で祖母に育てられた時期もある。
戦後を祖父と二人で乗り越えてきた祖母は、幼い頃から私に貯金することの大切さを説き続けてきて、その祖母の教えのおかげで、こうして今バリで生活出来ているというのもある。

誰が何と言おうと「私のおばあちゃん」だ。
お葬式に参加したかった。

祈りはどこからでも届くことは知っている。
でもやっぱり直接見送りたかった。

だらだらと書いているけど、つまりは何が言いたいかと言うと、


覚悟なんて全然出来ていなかった。


ここにこうして言い訳がましく罪悪感を持ちながら書いているのも、覚悟が出来ていなかった証拠。
きっとこれからも悩み、葛藤し、罪悪感に苛まれていくんだと思う。
それを受け入れていこう。


という訳で、明日より8日間、祖母の49日の法要に合わせて日本に帰ります。
約8ヶ月ぶり。
きっとまだちょっと寒いんだろうな。



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今日の練習【Tulang Lindung Kayumas Kebyar】

2015年 03月24日 17:39 (火)

いつもは週の後半の練習なのだけど、今週は週の前半に練習。
ニュピを挟んでいたので、練習時間があまりなく前回のTulang Lindung Kayumasの続きから。
一応流れは一通り覚えたのだが、まだ手がついていかない。
特に右手の止めが時々外れるみたいで、右手に注意を払いながら叩いてみたんだが、
「ほら!今!」
と言われても、自分では止めが外れていることに気づかない始末。
困ったなぁ。

何回か繰り返し、何とか叩けるようになってきて、次どうする?と聞かれたので、Kebyarの難しいコテカンを教えて欲しいとお願いする。
カユマスのCDには入っていない、このコテカン。
昔、メキシコ人のIさんとMちゃんが練習していた時にちょっと教えてもらったのだけど、当時の私には難しすぎて結局習得出来なかった。
あれからもう随分と経ってるし、今度こそは!と再挑戦。
Iさんのスタイルとはちょっと違うけど、もちろんRaditha先生もこのコテカンは知っていた。(しかもIさんスタイルよりさらに難しい…)

最初はもう本当に右のコテカンと左のフレーズのタイミングが本当に分からなくて、何が何だか、な状態。
ゆっくりタイミングを教えて貰っても全く出来なかったので、ちょっとテンポをアップして、Raditha先生のタイミングに合わせてぐちゃぐちゃながらも叩いていたらだんだん出来るようになってきた。
(先生と一緒だと何となく出来る程度。一人で家でだと絶対出来ない。)

でもここで、左手のパングルの持ち方に注意が入った。
通常パングルは、人差し指と中指の間に挟み、中指、薬指、小指は音を止める為に自然な状態で伸ばしておくのが正しい持ち方。
上手な人はみんなこの持ち方。
Radita先生はもちろん正しい持ち方だし、巨匠のSarga先生ももちろんそう。
Ngurah先生もそうだし、You Tubeでしか見たことないが今は亡きLoceng先生もKonolan先生も3本の指は伸ばした持ち方。
でも私はこの持ち方がずっと出来ず、中指が曲がった状態になってしまっていた。
ずっと良くないのは知っていて、最近になってようやく右手を直したところ。
でも左手はどうしても直せないでいた。
私の持ち方だと止める指が2本しかないので、どうしても止めが甘くなる。
右手がメロディーで左手がテンポの曲だと何とか止まるんだけど、Tulang Lindungの様に左手がメロディーで右手がテンポの曲だとやはり止まらない音が出てくる。
ずっとごまかしながらやってきたけど、このままではいけないと思いこれを機に正しい持ち方を習得することに。

でも出来ない…
中指を伸ばすとパングルが固定出来ず、まったく力が入らなくなってしまう。

Raditha先生にアドバイスを求めると、
「3本の指を輪ゴムでとめるのが手っ取り早い。」
とのこと。

そうなのかー。
ちょっと家でこっそり特訓してみよう。



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バリの新年【Nyepi】

2015年 03月21日 19:36 (土)

バリの暦には、サカ暦とウク暦というバリ独自の暦があるのだが、ニュピはサカ暦に沿って1年に1回巡ってくるバリヒンドゥーの新年。
今日はそのサカ暦の1937年目のニュピ。
私がバリに移住してから5回目のニュピ。

私のブログは過去のことをUpしていることが多いのだけど、今日はリアルタイムにバリの新年【ニュピ】についてUpしてみたいと思います。
(只今、正にニュピ中で暇をもてあましている)

詳しいことはガイドブックなどを参照してもらうとして、実際どんな感じなのかというと、

まずはニュピ前夜。
夕方までに各家でお供えやお祈りをして、夕方のオゴオゴと呼ばれる山車のパレードに備えます。
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バリ人なら誰もが楽しみにしているオゴオゴのパレード。
各バンジャールごとに1体作成されるので、1つの村で約20体くらい?
バリ島全体でいうと何百体になるんじゃないかな。
毎年みんなテーマを決めて凝ったオゴオゴを作るので見ていて飽きない。

今年の近所のバンジャールのオゴオゴはこんな感じ。
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こんなのが何百体も、バリ島を練り歩きます。

実際の様子はこんな感じ。


バリ島中の悪霊をこのオゴオゴに閉じ込めて、燃やして邪気を払うんだそう。
実際、パレード中にどんどん悪霊がオゴオゴの中に入ってきて、オゴオゴはどんどん重くなっていくんだとか。

そして翌日、いよいよ世界的にも有名?なSilent Day、ニュピが始まる。
(有名なのかな?私はバリに来るまで知らなかった)

この日は朝の6時から一切外出禁止。
Pecarangと呼ばれる村の自警団の人が村中を見回り。
外出してたら外国人であろうと容赦なく捕まります。

ニュピは1日、全ての活動(外出、仕事、遊び、食事などなど)が禁止されて、バリ島から悪霊が去るのを瞑想して待つ日。
でも実際瞑想している人は殆どいないんじゃないかな。
(ヒンドゥーのお坊さんはしているのかな?)
殆どの人はきっといつもと変わらず過ごしていると思う。
テレビは放送されないので、前日はDVD屋さんが大盛況してるし。
家もいつもと変わらない感じ。
火を使うのは極力控えるために、お昼は簡単スパゲティ、夜は前日作ったカレーが我が家のニュピの定番メニュー。
日が落ちたら明かりは点けられないので、明るいうちに色々済ませておく。
(電気を使ったら見回り中のPecarangから注意が入る)

いつもは車やバイクの音で賑わっている街も、何の音もなく静か。
聞こえるのは動物の鳴き声のみ。
地球本来の姿、静寂の時。

こんな素敵時間が味わえるのは世界中でもバリ島だけなんだろうなぁ。
(ジャングルの奥地とか無人島とか住む人のいない所は抜かして)
日本で1日外出禁止、電気も火も使うなってなったら大パニックですよね。
他の国でもそうだと思う。
それを今現在も実行できるバリ島はすごいなぁ、と思う。


もうすぐ日も落ちる。
満点の星空、今年も見れるといいなぁ。



今日の練習曲【Tulang Lindung Kayumas】

2015年 03月19日 16:00 (木)

いつも夕方の練習は6時からなんだけど、Raditha先生はMelastiという儀式(バリの正月Nyepiの前の儀式で、海にお清めに行く)の為ちょっと遅れるということで、しばらく一人練習。
Raditha先生の家に置いてあるグンデルはNちゃんのものなんだけど、音も凄くマイルドで演奏しやすく、家での自己練習とはちょっと違った感じ。
いい楽器と出会えるのは本当に幸運なこと。
Nちゃんはきっとグンデルの神様に祝福されているんだろうなぁ。

30分くらい経った頃、Raditha先生が「疲れたー!!」と帰ってきた。
炎天下の中海まで歩いていったのだからそうとう疲れているはずなんだけど、「大丈夫」と言ってすぐに練習に入ってくれた。
まずは、前回のLutung Ayunの復習から。
一部つなぎ部分が微妙に間違えてたけど、何とか覚えてた!

それからDalang Ngidih Nasiを合わせて、次は何の曲にしようか…
で、Tulang Lindungのカユマススタイルをリクエスト。
Tulang Lindungのカユマススタイルは2種類あり、一つは子供の練習用で簡単バージョン。もう一つはスカワティスタイルに似ていて微妙に違うバージョン。
じゃあ、簡単な方から!と言ったら却下。
まずは難しいほうから。

難しいといっても、Tulang Lindungは基本の曲だから割と簡単に出来るかなー、なんて気楽に考えていたけど、甘かった。
思ってた以上に手こずる…

その他の曲でもそうなんだけど、Tulang Lindungは特に、右手と左手を切り離して演奏しなければならない。
右手は何があっても一定のリズムを保つ。
私はその切り離しが出来ていないので、左手に新しい動きが入るととたんに右手のリズムが崩れて左手につられていく。
何とか第2章まで終えた時点でくたびれ果ててて、「第3章は簡単だから大丈夫」と言われたけど、第3章がさらにダメでした…
第3章は右手がコテカンになるので、もうぐちゃぐちゃ。

とりあえず最後に録画させて貰って、後は宿題。
何だかあんまり成長していない感じでちょっと凹む…
頑張ろう。


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初めてのWayang Lemah鑑賞

2015年 03月18日 17:51 (水)

この日はRaditha先生の村にあるお寺(Pura Dalem Sumerta)のオダラン(寺院創設記念祭)。
半年に一度巡ってくるこのお祭り、バリ人にとってはとても大切なもの。
私の夫のバンジャールは、住んでいるデンパサールから車で3時間程かかるシガラジャにある為、私はめったに参加しないオダラン。
なのでこの日は久々にがっつり参加してきました。

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この寺院は、実はバリの芸能関係者にはとっても有名なんだとか。
何でもこの寺院で踊りを踊ったりガムランを演奏したりするとTaksuと呼ばれる芸能の力を神様から授かることが出来るらしい。
なので、Raditha先生の住んでいるスメルタ村には芸能関係に優れた人が沢山いるんだとか。

それは是非私もあやかりたい!

ということで、オダランが始まる前に1曲演奏させて貰った。
このお寺のグンデルは100年以上前のものらしく、鍵盤はあちこち欠けているけれど、音はとってもマイルド。
一体どれくらいの人がこのグンデルで演奏してきたんだろうか…なんてちょっと感慨深くなってしまった。

曲はSekar Ginotan。
演奏が始まると同時に周りの人達にちらちらと見られ緊張が高まりミス連発…
これじゃあTaksuは貰えないなぁ。

もう1曲!ってことでPengrumrumを演奏中にオダラン開始の放送が流れ終了。

オダランは地域ごとに形式が違うので、どんなことが始まるんだろうかとちょっとドキドキ。
そんなことを思っているうちに、どこからともなく神様の着ぐるみを着た人達が続々と現れ広場を回り始めた!!
こんなの初めて見ました。

Raditha先生にこれは何を意味するのか聞いてみても、
「知らない。とにかく回る。」
とのこと。

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炎天下の中、みんながぐるぐる。
中に入っている人は大丈夫かちょっと心配。

それが終わったら寺院内に戻り、今日の一番のお目当てのWayang Lemahが始まった!!!

実はWayang Lemahをちゃんと観るのは初めて。
以前、Ngurah先生のところのオダランでも観たことはあるけど、
その時はまだグンデルを習い始めたばかりでCrucuk Punyahしか出来ず、
演奏されている曲は1曲も分からず…
そもそもWayang Kulitって影絵なんだから夜に演るんじゃないの!?
何でお昼に演ってるの??
なんて訳が分からなかった記憶が。

現代では、Wayang Kulitなどは観光客相手に演じられる場合もあるけれど、
このWayang Lemahは100%、神様に捧げる人形劇。
なので観光客のお目にかかることはまず無い。

Dalangさんは、Raditha先生の甥っ子君。
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演奏者はRaditha先生を筆頭に、(可愛すぎる)姪っ子ちゃんと甥っ子君二人。
完全にファミリー構成。
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まずはPemungkah&Kayonan。
Wayangの人形のチェックをかねて全てがお披露目され、Kayonanと呼ばれる扇のようなものが舞う。
あぁ、なんて綺麗なんだろ。

グンデルの演奏は超高速。
知ってる曲がところどころ演奏されるので順番をチェック。
同時にWayangの動きをチェックするけど、いまいち分からず。

演じている途中で、オダランの終了を告げる放送が流れて最後はたたみかける。
(どうやらいつもより時間が短かったみたい。)

その後は、Trisandhyaを唱えPanca Sembah(マントラ唱えた後、お祈り)。
こうしてこの日のオダランは終了したのでした。

当面の目標はこのWayang Lemahでの演奏。
いつか私も…!!


ある日の練習曲【Antagata Dokosa】

2015年 03月17日 15:17 (火)

こちらも日本の曲、「あんたがた どこさ」。
Raditha先生作曲。

ずっと、ずっと教わってみたくて、ずーっとお願いしていた曲。
本当によく出来た曲だと思う。

日本人なら絶対演奏が楽しいはず!
バリ人でもきっと楽しいはず!

ただ、この曲今の私にはレベルが高すぎてなかなか上手に演奏出来ない。
この曲、最初から最後までほぼ、右手がコテカンと呼ばれる技術でリズムを刻み、
左手でメロディーを奏でるので難しい…
手も疲れる…

でもすっごくカッコいい曲なので、頑張って習得します。

私に教えたことで、Raditha先生は恥ずかしさが吹っ切れたのか、
「子供達にも教えてペンタスで演奏しようかな。」
と言っていた。
是非!


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*****


ブログを始めてから約2ヶ月。
出来る限り毎日Upしてきたのですが、ここからちょっとペースが落ちます。
なぜなら、「ある日の練習曲」と称して紹介してきた、今まで習った曲を全部紹介し終えたから。
なので、これからは「今日の練習曲」と、ちょっとしたイベント毎のUpになります。
(週に2~3回の予定)

どうぞよろしくお願いします。


ある日の練習曲【Akatonbo】

2015年 03月16日 16:43 (月)

「赤とんぼ」です。
Raditha先生作曲。
(Raditha先生いわく、もともとある曲をアレンジしただけだから作曲とは言わないんだそう。)

初めてYou Tubeで見たときはもう、凄くびっくりした。
グンデルで日本の曲が演奏出来るなんて…

いつか…どうしても教えて貰いたい…
とずっと思っていて、ようやく念願叶いました。
(最初は自分で作った曲を教えるのは恥ずかしいと拒否されていた。)


本当に綺麗な曲で、日本人の心に響く音色。
継承されていって欲しい。


*****


この日は練習の後に渡バリ中のNさんが来ていたのでお手合わせをお願い。
Nさんはもうバリ歴もそうとう長く、グンデルだけでも10年以上習っているというだけあって、凄く上手で色んな曲を知っている!
元々はスカワティで習っていたそうだが、スカワティの曲は制覇した!?為、
今はカユマスにも足を運んでいるんだそう。

凄いな~。

曲はSekar Sungsang Sekawati、(Kebyarで思い切り間違えてしまった…)
Kejojor、Krepetanなどなど。
やっぱりスカワティの人とはスカワティの曲を合わせて貰いたくて。
Nさん、すっごく合わせるのが上手でこっちも演奏しやすいー。
それに女性なので、やっぱり落ち着く。

こうして色んな人と手合わせをして貰うと、本当に勉強になる。
私には人と合わせる力が圧倒的に欠けているな、とも実感できる。
ガムラン演奏においては最も大切なこと。

また、お手合わせお願いします。


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音楽の才能

2015年 03月14日 17:47 (土)

私に音楽の才能がないと悟ったのは13歳の時。
悟ったというか、気づいたというか。

それは、中学校での音楽の授業の時。
私の通う中学校では、音楽の時間に音楽室に移動した後、先生が来るまでは自由に楽器を弾いていてよかった。
主にみんなが集まるのはやっぱりピアノ。

私は4歳の時からピアノ教室に通っており、その時点ではもう9年間習っていたことになるのだけど、私が音楽室のピアノに触れることはなかった。
なぜなら、何も弾けないから。
9年間習っていたといっても、練習が大嫌いだった私はまともに練習するのは週に1回のみ。
(土曜のお稽古だったので、金曜日の夜に泣きながら1週間分の練習をしていた)
発表会の曲なんかは1度は暗譜するんだけど、終わったらすぐに忘れる始末。
なので、ピアノを習っていることは極力誰にも言わないようにしていたし、ピアノの側にも近づかないようにしていた。

そんな中、いつもひときわ楽しそうにピアノを弾いていたのはクラスメートのMちゃん。
本当に楽しそうで、ピアノが大好きなんだろうなぁ~って感じ。

ある日Mちゃんに聞いてみた。
「ピアノ上手だね。どれくらい習ってるの?」
するとMちゃん、
「習ったことないよー。親が弾いてるの真似してるだけ。ドラムは習ってるけどね。」
Mちゃんの家は音楽一家。
(お姉さんはのちにちょっと有名な歌手になった)
あ、音楽の才能があるってのはこういうことなんだ、ってその時思った。

で、私には音楽の才能はないということに気づいた、その後…
ピアノは結局そのまま高校を卒業するまで続けた。
練習スタイルも変わらず。
なので、今現在も何にも弾けないまま。
残ったのは、もっとちゃんと練習しておけばよかったなぁ、という後悔のみ。

その後はまったく音楽に触れることなく十数年が過ぎ、
今こうしてバリでまた音楽に関わっている。

バリでは、音楽や踊りといった芸能が宗教と密接に関わっていて、自然と生活の中でも芸能に触れる機会が多い。
そういった生活の中で、私はやっぱり自分を表現するのは音楽がしっくりくるかな、と思いガムランを習ってみようと決めた。
グンデルワヤンは1日でも練習しない日があると、その分だけ腕が後退すると言われているので、出来る限り毎日練習をするようにしている。
14年間習ったピアノで得た後悔が、毎日の練習の糧になってるというのもある。
あの時間は決して無駄なものではなかったのかな、と思いたい。

そして、音楽の才能はないにしても、努力である程度はカバー出来るのではないかとも思い始めている。
何より「好き」で「やりたい」と思う気持ちが大事なのかな、と。

グンデルワヤンを通して様々な人との出会いがあり、バリでの生活もさらに充実したものとなってきた。
日々、感謝。


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今日の練習曲【Lutung Ayun】

2015年 03月13日 17:37 (金)

今日は、Raditha先生の自宅に着くと既にグンデルの音が聞こえてきていて、誰が演奏してるのかなー?と思って見てみると、Raditha先生のお兄さんと見知らぬおじさま。
曲はCandi Rebah。
二人とも力強い演奏でしばらく見学する。
Raditha先生のお兄さんもグンデルが上手なので、Sangsihの間の取り方なんかを注意深く観察。
同じところで習っているはずなのに、やっぱり私が習ったSangsihとちょっと違う。
勉強になる。

二人の演奏が終わって、聞いてみるとRaditha先生はちょっと出かけていて遅れるみたいなので、代わりにおじさまにお相手をしてもらう。
この方、Raditha先生の友達だそうで、グンデルは人に習ったことはなくほぼ自分で習得したんだそう!
(テープを聴いたり、友達の演奏を撮影したりして)
どうなってるんだろ!?

何が出来る?と聞かれ、とりあえずCecek Mgelut。
おじさまはPolosだったのでSangsihで合わせてみるが、間違えたー。
初めて手合わせの人とはやっぱり緊張する!
しかもおじさま演奏スピードが速いですー。
お次はMerak Ngelo、Dalang Ngidih Nasi、Sekar Sungsang Kayumas、Sekar Gendot、Pakangraras、Brisrawa…
いくつかSangsihを習った曲もあったのに、とっさにSangsihで合わせられなかったのは、修行不足。
色んな人と手合わせするのは本当に勉強になるなぁ。
(人それぞれ色んなくせがあるので、そこを見極めて合わせていく)
それにしても、こうして初めて会う人でもこうやっていきなりグンデルで手合わせっていうのは、やっぱり楽しい!
徐々に慣れてきて、Sekar TamanあたりでRaditha先生登場。

で、おじさまも一緒に練習に参加で、先週習ったDalang Ngidih NasiのSangsihの復習。
まぁ、何とか合格。

次は何の曲にしようか~ということで、Lutung Ayunをリクエスト。
意味は、お猿が綱渡りで遊んでる、だったかな。
カランアッサムからの曲で、デンパサールではLelasasi?(メモるのを忘れたのでスペルはあいまい)と呼ばれているらしい。
この曲、グンデル初心者が練習用に習う曲なのでとっても簡単。
なぜ今更なのかと言うと、私の友達のIちゃん(バリ人の女の子)が最近習ったと聞いたから。
Iちゃんは私が日本語を教える勉強をしていた時の生徒さんで、半年ぐらい前にグンデルを習いたいと言ってきたのでRaditha先生を紹介したのがきっかけで、Sanggar Kembang Waruでグンデルを習い始めた。
Iちゃんは女医さんで、しかも小さい子供もいるめちゃくちゃ忙しい働くママさん。
(それでも新しいことに挑戦しようとする彼女の心意気には尊敬。)
なのでなかなか練習が出来ず、半年でTulang LindungとCrucuk Punyah(第1章)、とLutung Ayunのみ。
でも、もともと友達と組んでるバンドでドラムを担当しているIちゃんは、リズム感はばっちりだし、覚えも早い!
Iちゃんが習った曲は必ずSangsihで合わせられるようにしている(二人で練習出来るように)ので、今回はLutung AyunのPolosとSangsihを一気に。

簡単な曲なので割とすぐに終わってしまい(今回は録画もなし!大丈夫かな…)、
今まで習った曲を復習。

自信のないKatak NgonkekやBrisrawaなど。
途中、おじさまとのおしゃべりなども挟み、気づいたら3時間以上経過。
ふー、疲れた~。


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