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バリ島との出会い ~序章~

2017年 07月23日 11:36 (日)


※しばらく家にこもりきりの生活になりガムラン関係の出来事もないので、ちょっと私とバリとの出会いなんかについてダラダラ書いていきます。



***************



私がバリ島に初めて来たのは、9年位前。
なんてことはない、3泊4日のよくあるパッケージツアー。

その時季節は冬で、雪国生まれのくせに寒いのが大嫌いな私は日本の冬の寒さに辟易していて、どこか暖かいところへ行きたくてしょうがなかった。
仕事にも疲れていて、職場の同僚と「どこか暖かいところへ行きたいね~。」何て話していた。
この時話していた同僚は、旅行と言えばハワイやグアムといった南国リゾートに限る!といった子で、一方私はパックパックでアジアの国をあてもなく放浪、といった旅行スタイルだった。

そんな二人に丁度良かったのが、「バリ島」。

と言っても、その時私はバリ島がどこにあるのかも知らなかったし、バリ島がインドネシアという国だということも知らなかった。
何となくアジアのリゾートというイメージしか持ってなく、何となく癒されるっていうイメージだった。

仕事が忙しく、出発の日までバリ島のことを調べる時間もなく、行きの飛行機の中でガイドブックを読む。
バリってインドネシアなのか!とか、通貨はルピアというのか、などなど。


空港に降り立った瞬間にむわっとした空気に包まれ、
あぁ南国アジアだとわくわく
(友人は「なにここ?怖い・・・」とおびえていたが・・・)

一気にバリの空気が気に入った。


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(写真は当時のものです。)


私達がまず泊まったのはクタのビーチ前のホテル。
特に海系ではない私達はたまに近場を散歩する程度で、ほとんどホテルでのんびり過ごしていた。
(友人は、「怖くて外を歩けない」という理由だったが・・・)

私は外国に行ったらまず現地の言葉で挨拶を出来るようにするのが常だったので、ガイドブックにのっているインドネシア語会話をブツブツ唱えて、ホテルのスタッフに話しかけるを繰り返していた。

それに飽きると、外に出るのを嫌がる友人を無理やり連れ出してあてもなくその辺をふらふら。
最終的にジンバランのシーフードレストランにたどり着いた。

ビーチにパラソルを立てて、その下でシーフードを食べるスタイル。
今考えればそうとうぼったくりな値段のお店だったが、まぁその当時は特に何も気にならなかった。
エキゾチックで綺麗なお姉さんが海老の素揚げを運んできて、こんなもんかなー、何て思って食べていたら、お姉さんの額の米粒が目に入った。

お祈りの際にもらうビジョー(聖水に浸した米)ってやつですね。

今でなら直ぐに分かるが、当時は本当にバリのことをまったく知らなくて友人と二人、

「どうしよう、あの子おでこに米ついてる・・・気付いてないのかな・・・?」
「教えてあげたほうがいい?」

なんてひそひそ。

勇気をもって「お米ついてますよ。」と話しかけると、彼女は微笑んで「プレイ」と一言。
その「プレイ」をPrayではなくPlayと勘違いした私達は、

「えぇっ!!遊びなの!?どういうこと!?罰ゲーム的な??」
なんて驚いてしまうほど、当時はおバカでバリのことを何にも知らなかった。

おでこに米粒をつけるというバリ人的遊び感覚に驚きつつ(違う)、次の日はウブドのホテルへ移動。

道中は日本語ペラペラのH○Sの女性ガイドさんに、ガイドブックで仕入れたヒンドゥー教の宗教観について質問攻め。


で、ウブドに着いたら驚いた。
明らかに空気が変わった。
むせ返るほどの緑、目に眩しい原色の花々。

クタに滞在していた時は、なんか私が想像していたバリと違うなぁ~、
なんて思っていたんだけど、ウブドは正に私が考えていた南国バリそのものだった。

怖がりの友人も、ベッドにちりばめられたウェルカムフラワーにテンション↑↑
この時バリに来た目的は揉まれまくりの癒しの旅だったので、早速スパで揉まれまくる。



テガラランのライステラスで癒され、ホテルのオプションでチャナン(お供えもの)作りを体験し、夜はウブド王宮でバリダンス鑑賞。
もう、これぞバリ!!
って感じだった。


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で、最終日。
またもや嫌がる友人を無理やり連れ出し、クバヤ(伝統衣装)を借りて、どうしても気になっていたバリヒンドゥー総本山のブサキ寺院へ。

この日は、ドライバーさん曰く満月。
小雨は降っていたものの、多くのバリ人が参拝しており私達もバリの作法に則って境内でお祈り。
(この時にようやくおでこの米の正体が分かった。)

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雨の中、一心に祈るバリの人々。
人の祈る姿はこんなにも美しいのかと驚いた。

観光客であっても正装をしてヒンドゥー教に敬意を払えば
一緒にお祈りをさせてもらえる。
隣のドライバーさんの見よう見真似で、花を掲げる。


なんだか凄く心が洗われた気分だった。
今まで味わったことのない不思議な感覚。

これが日常茶飯事なバリ人って一体何なんだ!?
不思議な法則によって営まれているバリヒンドゥーって一体!?
そもそもこの島の不思議なパワーは一体どこから??

と、懐の深すぎるバリ島に一気に興味が湧いた。


この3泊4日のパック旅行で私の心にバリが完全に住み着いてしまった。



その2ヵ月後、どうしてもバリのことをもっと知りたくなった私は、バックパックをひとつかついで、一人でバリ島に降り立っていた。



~つづく~




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赤ちゃんの儀式 ~1Bulan 7hari~

2017年 07月12日 11:00 (水)



つい先日あった生後42日目の儀式。

1 Bulan(サトゥブラン)=1ヶ月(バリの暦のため35日)
7 Hari(トジュハリ)=7日

という訳で42日目。
実はこの儀式の意味するところはいまだに分かっていない
(夫に聞いても、「聞かないでくれ」と言われ、誰に聞いても「そういうもんだ」と言われ)


日数的なことを考えると、1ヶ月ちょっとを元気に過ごせれば、まぁまずは第1段階はOKということかな。
(恐らく医療の整っていなかった昔は、42日を迎える前に亡くなってしまう子も現在よりは多くいただろうから。)

後は、1ヶ月ちょっともすれば母親の産褥期も終わり、一緒に儀式に参加できるというのもあるかも。
(出血している人は儀式に参加できないので。)


長女の時はこの儀式は簡素な感じで過ぎていった記憶があるんだけど、今回はマンクーさん(お坊さん)にお願いしてしっかりした儀式に。


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しっかりした儀式といっても、1Bulan 7hariはそんなに大きい儀式ではないので、
この日の参加者は私達夫婦と義両親とバンタン(お供えもの)の手配をしてくれた親戚のおばさんの5名。

と、夫曰くあちらからは・・・

夫のおばあちゃん(故)
見知らぬご老人1(故)←恐らくご先祖さまのどなたか
見知らぬご老人2(故)←恐らくご先祖さまのどなたか

の3名様。

夫のおばあちゃん(義父のお母さん)、確か長女の儀式の時にもきてくれていたな。
いつも見守ってくれている。
嬉しい。 



儀式では赤ちゃんと共に母親も清めてもらい、産後不浄の存在となっていたものが解除される。
という訳で、この日を境に台所で火を使ってもOK。


あー、ようやくかー。

※電気でお湯を沸かす器具のない我が家は、夫が不在時にはコーヒーもお茶も飲めなかったので・・・
というか、母乳が足りていなくてもミルクを作るお湯も沸かせなかったので、おっぱいあげるのも必死


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こんな感じで頭に何か乗せられてます。可愛い。

米と聖水でびしょびしょになったけど、久しぶりの儀式で気分はすっきり


まぁ、3ヶ月目の儀式が終わるまでは極力外出も控えなければならないので、この軟禁生活はまだしばらく続くんだけど・・・
(7月15日に観たい公演があったんだけどなー


さて、久しぶりに一人でコーヒー飲も。
(カフェインレスね。)



*************


最近のちょっとした発見。

『赤ちゃんの寝かしつけにケチャダンスの音楽が効果あり!』

ベースとなっている低音の声と、チャチャチャという一定のリズムがいいみたい。
ケチャを聞きながらぐっすり。
ちなみに、途中でバロンダンスに変えたら怒られた(笑)

といってもこれは夫の発見なんだけど。
(私は定番?の日本の歌をかけてます。赤ちゃん泣き止む系の「カフカの歌」とか「ムーニーちゃん」とか。
本気で歌わなきゃなので。)

みなさんも機会があればお試しを~。
(って、そんな人はいないか。)




バリ島あれこれ ~産後の食事編~

2017年 06月29日 11:54 (木)


バリ島(とういか、インドネシア全体)はただ今大型連休中。
レバランというイスラム教の断食明けのお祭りの真っ最中で、
多くの人がこの時期長期休暇となる。
ヒンドゥー教の多いバリ島であっても例にもれず、
夫の職場では土日も含めて10日間のお休みとなる。
この間、イスラム教の人々はプラン・カンプン(Pulang kampung)といって
田舎に帰って家族と過ごすのが通常。
色々な島から出稼ぎに来ている人が多いバリ島では
この時期多くのワルン(ローカル食堂)がお休みとなる。

ということで、結構ご飯を探すのが大変。
(観光地は通常営業が多いです。)
バリ人が経営しているワルンか、自炊ということになる。

ただ、産後の女性は料理が作れない。
というか、台所に入ることを禁止されている。
というのも、台所には火の神様ブラフマ神がおり
産後の女性は不浄の存在とされ立ち入り禁止になる。

これは前に記した1Bulan 7hari(サトゥブラン・トジュハリ)の儀式まで続く。

といっても、全く台所に入れないのは核家族の我が家にとっては
かなり大変なことで、ご飯は買ってくるとしても、
食後の皿は洗えない、というか食器を取りに行くことも出来ない・・・
となるので、我が家ではちょっと規律を緩めて(いいのか?)、
この期間は火を使わないというところで落としどころをつけている。

で、毎日のご飯はどうしているかというと、

近所に住む義母さんが毎日3食分届けてくれるんです~

いやー、ありがたい。
というか、産前からこれが楽しみだったの!!

というのも、夫のお母さんは料理が凄く上手で、東ジャワ島出身の
お義母さんは基本料理は甘辛な味付け。
辛いのが苦手な私は毎日激辛バリ料理が続くとちょっと厳しく、
この甘辛のジャワ料理が丁度いい辛さ。
(というか、辛さ控えめで作ってもらっている。)

毎日、お義母さんのところに住み込みでいるお手伝いさんが
朝とお昼にご飯を届けてくれる。
上の子の時は、これを3ヶ月お願いしていた。
今回はまぁ、育児も2回目ということで取りあえず1Bulan 7hariの儀式までの予定。

ご飯はこんな感じ。

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野菜盛りだくさんで栄養満点!!
本当にありがたいわ~(私が日本人ということもあり、時々チキンカツや照り焼きなんかも作ってくれる!)


ちなみに、この台所に入ってはいけないという縛り、
夫はバリ島全土の習慣だというが、どうもかなり地域性がある様子。
サヌールに嫁いだ知り合いのバリ嫁さんに聞いてみたら、そんなの
初めて聞いたとのこと。
なので、この習慣がデンパサールのものなのか、それとも夫の田舎の
シガラジャのものなのかは不明。

代わりにサヌールでは、夕方6時~7時の間(いわゆるお化けが出るという時間帯)
は、赤ちゃんを必ず抱っこしていなければならないらしいが、我が家はこの習慣はなし。
同じバリ島、ヒンドゥー教とはいえ地域性が大きい。


という訳で、産後は最小限の家事のみで、のんびり赤ん坊のお世話をしています~。
バリ島には里帰り出産の概念がないので、核家族の場合、最悪床上げ前であっても
バリバリ家事をこなさなければならないこともあり、この習慣にはもの凄く助けられている。

あとは、1Bulan 7hari(サトゥブラン・トジュハリ)の儀式までは極力外出を
ひかえる必要があるんだけど、まぁこれは日本でだって同じことよね。
1Bulan=バリ式の1ヶ月だから35日+7日の42日だからちょっと長めだけど。
この間はおとなしく家でのんびりしときます。


***************


時折、赤ん坊がよく寝ている日なんかはグンデルを練習したりしているんだけど、
つい先日久しぶりにスカワティの曲を弾いてみるか、と思ったのはいいが・・・

あれ・・・?
この曲の出だし何だっけ??

っていうのが多く、サルゴ先生に習ったスカワティの曲をほとんど忘れていた・・・
というのも、スカワティでの練習を休みに入ってからスカワティの曲は殆ど弾いておらず、妊娠中は胎教によいかとゆったりとしたカユマスの曲ばかり弾いていた。
なので久しぶりに弾こうとしても出だしから分からない曲や、途中のつなぎ目を
忘れてしまっている曲がほとんど。
唯一何とか弾けたのが、RebongとOmbak-ombak。
(といってもOmbak-ombakはスカワティの曲ではないが)

これはまずい・・・

この状態でスカワティに行こうものなら、サルゴ先生の逆鱗に触れること間違いなし。
撮りためたビデオを見て、少しずつ思い出していかなければ。


赤ちゃんの儀式 ~へその緒とれた編~

2017年 06月12日 16:23 (月)


前回へその緒が取れたときも儀式・・・
と書いたが、儀式といってもたいしたことはない。
バンタン(お供えもの)を供えて、
赤ちゃんに聖水かけておでこに米つけて(ビジョというお祈りに使う米)、
手に白い紐巻いて・・・
くらい。

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こんな感じ。

で、取れたへその緒は乾燥させてこういった金の入れ物に入れる。

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左は上の子の分。

※曰く、乾燥させたへその緒は、将来大病をしたときに
せんじて飲むと病気が治るらしい。


それを子供用のプランキラン(家の中に作る小さい神棚)に置いておく。


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このプランキランは、アリアリ(胎盤)と同様、
ずーっとお祈りをかかさない。

ちなみに、このプランキランにサラック(スネークフルーツ)を
供えておくと、子供が癇癪をおこさないのだとか。
(バリ人のおばさん曰く。)


へその緒が取れたら、この後1ヶ月くらいは何にもなし。
次は生後42日目に行われる、1Bulan 7hari(サトゥブラントゥジュハリ)と呼ばれる儀式。



つづく・・・



**************


よく寝る子で助かってます。
(と言っても時々一晩中起きてたりもするけど・・・)

で、赤ん坊が寝ていて、余裕のある時にちょっと試しにグンデルを弾いてみることに。

隣の部屋でけっこうな音で弾いているんだけど、
ありがたいことに全然起きる様子なし。
これは嬉しい。

思っているよりも早く復帰できるかも~

※ちなみに一人目の時は、産後「グンデルなにそれおいしいの状態」で、
グンデルにかけた布を2年間とる余裕がなく、
曲はおろかパングルの持ち方すら覚えておらず
復帰にかなりの年月を要した。

その時のお話


***


で、PKB始まりましたね!
(PKB:ペーカーベーとはバリ芸術祭のこと)

いつも楽しみにしている子供グンデルワヤンコンテストは6月17日、18日。
さらにワヤンクリット競技会は、いつもはラマヤナなんだけど、
今年はパルオ(マハバラタを基調としたワヤンクリット)で、

ラマヤナ→グンデルワヤンの他にもクンダンやスリンなどが合わさったバテルと呼ばれる
     形式での演奏。
パルオ→グンデルワヤンのみでの演奏。

ということもあり、グンデルの音がパルオの方がより強調されるんだよなー。
(PKB仕様だからちょっと違うかな?)
観たいなー。


でも流石に1ヶ月にもならない赤ん坊を連れてPKB会場には行けないので、
今年は我慢。
誰かがYou Tubeとかにあげてくれるのを待とう。



ご報告

2017年 06月02日 11:46 (金)



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つい先日、無事に出産しました!
母子ともに元気にしているので、まずはご報告まで。


**********


バリで普通分娩での出産だと、入院はたったの1晩のみ。
(私は1日延長して2泊したけど・・・)

なので、もう家に帰ってきてまぁ、のんびり育児しています。


で、バリの儀式関係を少しだけ。


まず、赤ちゃんが無事に生まれて一番最初にする儀式といえば・・・

アリアリ(胎盤)を玄関脇に埋めること!

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こんな感じでカゴをかぶせて24時間ライトで照らす。
(トゲトゲのある植物を一緒に植える)

男の子は玄関の左手に、女の子は玄関の右手に。
これは子供が成人するまで(してからもずっと)毎日お供えものを欠かさずに。

なので、お父さんは赤ちゃん生まれたらこの作業で大忙し~。
お母さんと赤ちゃんは放置されます~。


で、病院から帰って来たら家に入る前にまたバンタン(お供えもの)を奉げ、
赤ちゃんに聖水かけてようやく家へ。

お次はへその緒が取れたらまた儀式・・・
その次は1ヶ月後・・・
と、つぎつぎと儀式が続きます~。
あぁ、いそがし
(私以外の周りのみんながね。私はのんびり育児に専念。)


続きはまた今度。