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ベモでバリ島1周!! ~その3~

2017年 09月07日 15:49 (木)


※ただ今育児休暇中のため、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



***************




バリ島滞在期間は2週間のみなので、先を急ぐ。
ジェゴグ鑑賞の次の日、ヌガラを出発しギリマヌクを経てロビナへ向かう。
朝早めにホテルをチェックアウトして、ホテルの隣のバスターミナルでギリマヌク行きのベモ探し。

が、これまた難航。
デンパサールのバドゥン市場での宿探しの時より英語が通じない
インドネシア語が話せないので英語で聞こうとするのだが、みんな何を話しているのか分からない外国人の相手をしたくないのか聞いても目をそらされる。
こうなれば単語のみで!と、「ベモ、ギリマヌク」と言っても、明らかに相手にしたくない様子がありあり。
(私のギリマヌクの発音が悪いのか、お金にならないからからか。)

どうしようかなー、と考えていると、バスターミナルの一角で人だかりが出来ていたので近づいてみる。


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どうやら闘鶏用のニワトリを売っている様子。

そういえばバリの男性は闘鶏が大好きだったけな、としばし鶏を見ていると隣にいた若い男性が「鶏が好きなの?」と英語で話しかけてきた。

「英語が話せるの!?」
救世主発見。
状況を話す。

「ロビナに行きたいの?僕はこれからジャワに渡るためにギリマヌクに行くからついでに車に乗っていけばいいよ!」

普段なら初めて会った人の車にはそう簡単には乗らないのだけど、車を見てぜひ乗せてもらうことに。
そこには5歳くらいの可愛い女の子の姿。
若い男性は若いお父さんだったのだ。

話を聞くと、彼らはデンパサールとウブドの中間のバトゥブランというところで靴屋を営んでおり、ジャワに靴を仕入れに行くところだという。

ついでとは言え、優しさが身にしみる。

娘さんは、はじめ突然乗ってきたあやしげな外国人に警戒心満載だったが、クッキーを渡すと少し心を開いてくれ、しきりに父親に「どうしてこの人インドネシア語が話せないの!?」的なことを聞いている。


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道中、儀式があるとスピードをおとしてくれて、「写真とりなよ」という優しさ


しばらくすると車はギリマヌクのフェリー乗り場に到着。
お父さんは車を降り、ロビナ行きのベモを探してくれる。

ここまでのお礼としていくらか払おうとするが、かたくなに断られて
「Have a nice trip !!」
と快く見送ってくれた。

何て良い人なんだー!!


ロビナ行きのベモに乗り込み運転手の後ろの席に座り込むと、ベモはロビナに向けて出発した。


DSC00039.jpg

ロビナは海沿いの町。
海が見えてきた。

同乗者の支払いの様子を見ていると、どうやらギリマヌクからロビナまでは2万ルピア程度の様子。
ベモがロビナの町の中心部に到着し、2万ルピアを払おうとすると運転手に「4万ルピアだ」と言われる。
いくらなんでも倍はちょっとないよな、と思い「正規料金で」といいながら3万ルピア手渡すと、運転手は仕方ないなという顔でベモを出発させた。

ここからは歩いて宿探し。
しばらく歩いているとホテルらしきものがちらほら見えてきた。
と、店頭で仏陀グッズを売っているお店が目についた。
どうやらお店の奥は安宿になっているようで部屋を見せてもらう。
決して豪華ではないが清潔であり、インテリアの趣味もよい。
値段を聞いてみると、朝食込みで一泊4万ルピア(約400円)だという。
あまりの安さに驚いてもう一度聞いてみるが、やはり何度聞いても4万ルピア。
値段交渉の必要もなくこの宿に決めた。

この宿のオーナーはバリ人女性で、夕方になるとお店に戻ってきた。
仏陀が好きなのか聞いてみると、欧米人にうけるのだという。
なるほど。
しばらく話していると、やりたいことはないのかと聞いてきたので、しいていうなら闘鶏を見てみたいと言ってみた。
オーナーは「ちょっと待って」と、知人に電話をかけ始めた。
なんと、丁度次の日に闘鶏が近くで行われるとのことだった!
なんてグッドタイミング。
オーナーの知人に案内してもらうことにした。
オーナーは、「闘鶏ツアーね~♪」なんて私よりはしゃいでいた。


次の日のお昼頃、バイクに乗ってバリ人のお兄さんが宿にお迎え。
山奥の闘鶏場へと連れて行ってもらう。


会場は熱気にあふれている、というか少し異様な雰囲気でちょっと入るのに怖気づく。
会場内は男性しかおらず、女性といえば近くで飲みものを売っているおばちゃんくらい。
どうやらバリ人女性は闘鶏場にはよりつかないようだ。(そらそうか)
私は外国人なので特別に入れてもらっているようなものか。

会場が異様な雰囲気なのもそのはず。
闘鶏はお金がかけられているのだ。
無知な私は闘鶏が賭博だったということも知らず、やや場違いな感じ。
会場の端のほうでちょこちょこカメラを向ける。

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※この時はどうだったのか知りませんが、現在バリ島では闘鶏は禁止されており取り締まられています。不用意にカメラを向けると、証拠が残る、通報されると思われカメラを壊されることもありますので、ご注意ください。
唯一許されているのは、儀式上の闘鶏のみ→鶏の血を神に奉げる意味で


カメラを咎められることもなく、(というかみんな賭けに夢中で気にしていない)時には「俺の鶏を写せ!」と鶏自慢されることも。

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バリの文化を少し垣間見る。


~つづく~



***


ちょっと風邪をこじらせダウンしていました・・・
どれだけ予防をしていても、5歳の長女が年がら年中幼稚園から風邪のウイルスをもらってくるので、我が家は毎月風邪祭り。
そんな状態でも待ってくれないのが、ヒンドゥー教の儀式と育児。
儀式関係は夫に丸投げだが、そうなると土日であろうが育児で夫を頼れない・・・
意識朦朧としながら、赤子だけは落とすまいと必死の日々。
日中は抱っこでしか寝てくれないので、既にぎっくり腰も2回目。
昔手術した膝も痛みで曲がらなくなり・・・
アラフォー育児はんぱない・・・

なんて、少し弱音を吐いてしまいました。

週明けにはいよいよ次女の3 bulanan(3ヶ月目の儀式)。
何としてもそれまでにはすっきり治さなければ!!



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ベモでバリ島1周!! ~その2~

2017年 08月17日 17:17 (木)


※ただ今育児休暇中のため、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



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バスはデンパサールのウブンバスターミナルを出発し、約3時間ちょっとでヌガラに到着。
ヌガラまでの道はのんびり~、という感じではなく、田舎道をトラックがびゅんびゅん飛ばしていくことが多く、気が休まることがなかった。

ヌガラで泊まる予定のホテルはガイドブックを見てめぼしをつけていたものの、少し疲れてしまい炎天下の下を歩いて探す気になれなかったので、バスターミナルのベモにホテルまで送ってもらえないか頼んでみた。
「OK、OK~!」とベモはバスターミナルを出発し、ぐるりと1周して似たような風景のところへ到着。
なんてことはない、ホテルはバスターミナルのすぐ隣だったのだ。
やられた・・・と思いながら1万ルピアを払うが仕方ない。

そのホテルは豪華な部屋(30万ルピア)と質素な部屋(7万5千ルピア)があからさまに分かれており、私はもちろん質素派。
同じ値段でもデンパサールのホテルとは雲泥の差。
驚くほど汚かったが、まあ死にはしないので気にしない。
ホッと一息つく。


ヌガラに来た目的は・・・


もちろんジェゴグ鑑賞!!


といっても私がジェゴグのことを知ったのは中島らもさんの小説に出てきたからであって、いつどこで鑑賞できるかなどの詳細は不明。
当時は(私の中では)インターネットで情報を探すというのは一般的ではなく、もちろんスマートフォンなんてものもまだ出回ってなかった(と思う)。
あるのは、木曜日の夜にジェゴグ公演がある、というガイドブックの情報のみ。
到着した日は水曜日だったので、翌日行われるであろうジェゴグ公演についてホテルのスタッフから情報を集めてみることにした。

まずはレセプションの女の子達に聞いてみるが、「え~、知らなーい。」といった感じで
詳細は分からず。
困ったなぁ、という顔をしていたら、「あそこにいるスタッフなら知ってるかも」と言われ、駐車場で洗車中の男性スタッフに聞いてみる。

「明日公演が行われるかどうかは知らないが、場所なら知ってる。」とのことだったので、明日の夜会場に連れて行ってくれないかと交渉。
3万ルピアで交渉成立となった。

明日の夜に本当にジェゴグの公演があるかは分からないが、とりあえず行ってみるだけ行ってみよう。
やっていなかったら縁がなかったと思いまた次の機会に、ということで。


※ジェゴグとは・・・ヌガラ地方に伝わってきた巨大な竹を使ったガムラン。オランダ制圧時代に竹は武器になるということで禁止され、それ以降幻のガムランとなっていた。そのジェゴグを復活させたのがスウェントラ氏。スウェントラ氏率いる「スアール・アグン」は日本でも公演を行っており有名。



ヌガラは観光地ではないので、これと言ってみて回るところもなく近くの市場をぷらぷらしたりしながら夜を待つ。

夕方、ホテルのロビーで待っていると約束していたスタッフがバイクでやって来た。
会場はホテルから20分程かかるという。

バイクに乗って会場へ向かっている間に、あたりはすっかり暗くなっていた。
会場と思われる場所に着くと、明りがついており多くの人の気配。


やった!!
ジェゴグの公演開催してるー!!



送ってくれたスタッフにお礼をいい、会場へ入っていく。
近くにいたスタッフと思われる人にジェゴグの公演を観たいことを伝えると、かなり驚かれてマネージャーらしき人を呼んできてくれた。

「一人でここに来たんですか?」
と言われ、
「そうです。」
と答えるとマネージャーは困惑顔。

あれ??もしかして飛び入りでの鑑賞は出来ないのかな???
と、ドキドキして聞いてみたら、

「大丈夫です。」
とのことでホッとした。

言われた鑑賞料を払うと、
「高くてごめんなさい!!」とこちらが恐縮するほど謝られてしまった。
(確か28万ルピアくらいだった気がする。ウブドのバリ舞踊公演が当時8万ルピアだったので、確かにそれに比べるとべらぼうに高い。)

と、そんなやりとりをしていると、何人かの日本人のお客さんがガイドさんに連れられて入ってきた。
どうやらヌガラジェゴグ鑑賞ツアーというものらしく、そのツアーのお客さん達の中に私が一人紛れ込んだようだった。
どうりで高い鑑賞料。
納得。

会場にはジェゴグの楽器が並べられていて、その前には鑑賞席が設けられていたが、飛び入りの私の分はもちろんない。
なのでスタッフ達が待機している東屋に腰をかけて鑑賞することにした。
演奏者らしき人から、「昼間、市場にいただろー。」と声をかけられ話していると、ジェゴグの第一人者スウェントラさんの挨拶が始まった。

「みなさん、本日はヌガラまでお越しいただき・・・」
と、スウェントラさんはもの凄く日本語がお上手!!

挨拶に続いてジェゴグの説明が行われ、いよいよ演奏!!


おおぉ!!!


初めて聞くジェゴグの音は、今まで聞いたことのあるどんな音楽とも異なっていて、一気にステージに引き込まれる。
巨大な竹の楽器からうねるような音が次々とつむぎだされ、まるで時空がゆがむような感覚を味わう。


これがジェゴグ・・・
凄い!!



の一言。

ステージといっても竹の楽器は直接地面に置かれており、バックはバリの木々が生い茂っておりまるでジャングルのよう。

自然が生み出す大地の音。
ジェゴグはそんな音楽だった。



来てよかった。
大満足なヌガラの夜だった。



~つづく~



※この後、スアールアグンのジェゴグは全部で3回鑑賞したけど、
やはりこのヌガラでのステージが一番心に響いた。




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カメラの性能があまりよくないのでブレブレですが、ジェゴグステージはこんな感じ。


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ブレブレなついでにスウェントラさんとのツーショットも
ミーハーなもので




ベモでバリ島1周!! ~その1~

2017年 08月03日 11:13 (木)


※ただ今育児休暇中のため、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



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2ヵ月後ぶりにバリ島に降り立ったわけだが、別にバリ島のために仕事を辞めたとかそういうわけではない。

もともと春で仕事を辞めることが決まっており、新しい職場で働き始めるまで4ヶ月ほど猶予があったのでここぞとばかりに旅行の予定を入れていた。
とにかく今のうちに行きたいところへ~、とエジプト、トルコ、ベトナム、沖縄の離島、台湾・・・てな感じでそれぞれ2週間ほどチケットを取っていたのだけど、ちょうど次の旅行と次の旅行の間に2週間ほど空きがあったのでバリ島のチケットを探してみたら上手い具合に取れてしまった、という訳。


まずは旅の装備。

と言ってもいつも同じなのだけど、愛用のバックパックはMilletのKula30L。


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↑バリ島に置いておいたら暑さと湿気でボロボロになってしまった・・・


これに出来る限り少量の荷物で7~8Kg以内に収める。
そうでなければ、南国の場合炎天下でこのバックパックを背負ってあてもなく宿探しが出来ない。
(よく西洋の方でテントでも入っているのかという大きなバックパックを前後に担いでいたりするのを見かけるけど、凄まじい体力だと感心する。)

後は着替え3~4枚程度と薬と化粧品、その他もろもろ。
洗剤とどでかいジップロック(に入れて洗濯する)、ランドリーロープがあればどこでもなんとでもなる。

優秀なのは日本手ぬぐい。
基本安宿泊まりなので、時にはバスタオルがないこともあり手ぬぐいをタオル代わりに。
軽くてかさばらないし、お風呂上りに洗って一晩干しておけばたいてい次の日の朝には乾いている。

後は、旅のお供のガイドブック。


P_20170803_080628_1[1]
(ロンリープラネットはもちろん日本語仕様です。)

これだけあれば大抵なんとかなる。


で、バリのことが知りたくなった私が出発までにバリに関して読んだ本は・・・

・「水に似た感情」中島らも
・「マリカのソファー」よしもとばなな
・「7 day’s in BALI」田口ランディ

の3冊。
※全部小説なのはスルーしてください。
これらの本を読んでバリのことが少し分かったような分からなかったような。


要は、バリ島のことが知りたくなった=バリの人々の暮らしぶりを見てみたい

なのだけど、いっぱしの観光客がそうそう上手い具合に現地の人の家に招かれたりとかはなかなかないので、そんな時私は現地の人と同じ移動手段を使ってみたりする。

バスであったり電車であったり。
中でも料金が安く、現地の人も手ごろに利用できるミニバスは人々の暮らしぶりを垣間見る、というか商売っ気なしの素の姿で接して貰えたりする。

なので、今回は出来る限りバリ島のミニバス(ベモ)に乗ってバリ島を一周してみることにした。

スタート地点はデンパサール。
それからヌガラ→ギリマヌックを経由してロビナ→アメッド→ウブド
と計画を立てる。
まぁ、今回は2週間という短い期間なので、空港からデンパサールへはエアポートタクシーを利用。
当時は確かデンパサールまでは6万ルピア(約600円)くらいだったと思う。
(今は20万ルピアくらいしますよね・・・物価上がりすぎだわ。)


バリ島最大の市場であるバドゥン市場でタクシーを下りた私は、まずは宿探し。
もう夕方近くちょっと急いで探さなきゃだったので、市場の近くにいる人たちに片言の英語で宿の場所を尋ねるが・・・

英語が全然通じない~

バリ島は観光の島でもあるのでどこでも英語が通じる気でいたのだが、どうやらそれは観光地限定だったらしい。
(よく考えてみれば、市場に買い物に来ている人は観光客に接する機会も少ないよね。)
とりあえず覚えていたインドネシア語の安宿「ロスメン」を連呼してみると、「あぁ!」って顔になって方向を指さしてくれる。
これを何回か繰り返してようやくHOTELの看板が見えてきた。

ホテル(ロスメン?)に入ると、頭部を布で覆った女性客がテラスでくつろいでいた。
ジャワ島からのお客さんの様子。
スタッフに部屋を見せてもらうと、結構な広さで一泊7万5千ルピア(約750円)とのこと。
水シャワーだけど、驚くほど汚くもないしここに決める。
(試しに値切ってみたけどダメだった。)


この時点でもう夕方だったので、暗くなる前に周辺散策とご飯探し~、と部屋に荷物を置いて出かける、
が、
探せど探せどご飯屋さんらしきものはまったく見つからない。
市場の周辺はどうやら問屋街のようだ。
アジアでは市場の近くには必ずご飯屋さんやら何やらある(ベトナムがそうだった)と思っていたので、焦る。
結局見つからないまま日が落ちてしまい、宿の人に聞こうと宿に向かっている途中にカキリマ(バリの屋台)でお兄さんがナシゴレンを作っているのを発見。
よかった~、とナシゴレンをゲットする。


次の日の朝、テラスで朝食をとっていると宿のオーナーらしきおじさんが話しかけてきた。
日本人の女子が一人で泊まっていくのは珍しいらしく、色々質問される。
ベモでバリ島を一周するつもりだというと驚かれた。
(その程度の英語力で!?という意味も含む。)
心配になったであろうおじさんは、私にベモに乗る際の極意を教えてくれた。

まず、乗ったら出来る限り運転手の真後ろに座る。
目的地に着いても絶対に料金は聞かない。
周りの人が払っているお金を確認してからいかにも知ってます風で似たような金額を払う。

とのこと。

なるほど~。
こまかいお金を持っているか聞かれ、「ない」と答えるとレジから持ってきてくれるおじさん。
なんていい人なんだ。
おじさんにお礼を言い、宿をチェックアウトしてデンパサールのウブンバスターミナルへとベモで向かう。

ベモ乗り場はおじさんに教えてもらった(なんの目印もないけど)が、途中で1回乗り換えがあるらしい。
ちょっとドキドキしながら、先ほどおじさんに教えてもらった通りに運転手の真後ろの席に座る。
どうやら料金は3千ルピア(約30円)程度のようだ。
こまかいお金にしてもらっていて本当によかった・・・

運転手さんに「ウブン」と伝えると、乗り換え地点で下りるように言われしたり顔で3千ルピア払う。
無言で受け取る運転手さん。
どうやら正解だったようだ。

ベモを降り、その辺の人に「ベモ、ウブン」と伝えると、停まっていたベモを指差され乗り込む。
しばらく乗っているとウブンバスターミナルに着いたようで、降りるように言われる。
今度も3千ルピアを払って降りようとすると足りなかったようで、インドネシア語で足りない金額を言われるが、さっぱり顔な私を見て手で「2」と示され2千ルピアを払う。
何も言われなかったのでOKのようだ。
これでベモの乗り方がなんとなく分かった。


ベモを降りるとよってくる多くの客引き。
ジョグジャか?ソロか!?なんて声がかかるが、ヌガラだというと一斉に去って行った・・・

チケット売り場でヌガラ行きのベモがないか聞くと、ヌガラ直行のベモはないとのこと。
不本意だったがしかたないのでベモよりちょっと大きめのおんぼろバスに乗り込むと、バスはヌガラへむけて出発した。




~つづく~



バリ島との出会い ~序章~

2017年 07月23日 11:36 (日)


※しばらく家にこもりきりの生活になりガムラン関係の出来事もないので、ちょっと私とバリとの出会いなんかについてダラダラ書いていきます。



***************



私がバリ島に初めて来たのは、9年位前。
なんてことはない、3泊4日のよくあるパッケージツアー。

その時季節は冬で、雪国生まれのくせに寒いのが大嫌いな私は日本の冬の寒さに辟易していて、どこか暖かいところへ行きたくてしょうがなかった。
仕事にも疲れていて、職場の同僚と「どこか暖かいところへ行きたいね~。」何て話していた。
この時話していた同僚は、旅行と言えばハワイやグアムといった南国リゾートに限る!といった子で、一方私はパックパックでアジアの国をあてもなく放浪、といった旅行スタイルだった。

そんな二人に丁度良かったのが、「バリ島」。

と言っても、その時私はバリ島がどこにあるのかも知らなかったし、バリ島がインドネシアという国だということも知らなかった。
何となくアジアのリゾートというイメージしか持ってなく、何となく癒されるっていうイメージだった。

仕事が忙しく、出発の日までバリ島のことを調べる時間もなく、行きの飛行機の中でガイドブックを読む。
バリってインドネシアなのか!とか、通貨はルピアというのか、などなど。


空港に降り立った瞬間にむわっとした空気に包まれ、
あぁ南国アジアだとわくわく
(友人は「なにここ?怖い・・・」とおびえていたが・・・)

一気にバリの空気が気に入った。


DSC00003.jpg
(写真は当時のものです。)


私達がまず泊まったのはクタのビーチ前のホテル。
特に海系ではない私達はたまに近場を散歩する程度で、ほとんどホテルでのんびり過ごしていた。
(友人は、「怖くて外を歩けない」という理由だったが・・・)

私は外国に行ったらまず現地の言葉で挨拶を出来るようにするのが常だったので、ガイドブックにのっているインドネシア語会話をブツブツ唱えて、ホテルのスタッフに話しかけるを繰り返していた。

それに飽きると、外に出るのを嫌がる友人を無理やり連れ出してあてもなくその辺をふらふら。
最終的にジンバランのシーフードレストランにたどり着いた。

ビーチにパラソルを立てて、その下でシーフードを食べるスタイル。
今考えればそうとうぼったくりな値段のお店だったが、まぁその当時は特に何も気にならなかった。
エキゾチックで綺麗なお姉さんが海老の素揚げを運んできて、こんなもんかなー、何て思って食べていたら、お姉さんの額の米粒が目に入った。

お祈りの際にもらうビジョー(聖水に浸した米)ってやつですね。

今でなら直ぐに分かるが、当時は本当にバリのことをまったく知らなくて友人と二人、

「どうしよう、あの子おでこに米ついてる・・・気付いてないのかな・・・?」
「教えてあげたほうがいい?」

なんてひそひそ。

勇気をもって「お米ついてますよ。」と話しかけると、彼女は微笑んで「プレイ」と一言。
その「プレイ」をPrayではなくPlayと勘違いした私達は、

「えぇっ!!遊びなの!?どういうこと!?罰ゲーム的な??」
なんて驚いてしまうほど、当時はおバカでバリのことを何にも知らなかった。

おでこに米粒をつけるというバリ人的遊び感覚に驚きつつ(違う)、次の日はウブドのホテルへ移動。

道中は日本語ペラペラのH○Sの女性ガイドさんに、ガイドブックで仕入れたヒンドゥー教の宗教観について質問攻め。


で、ウブドに着いたら驚いた。
明らかに空気が変わった。
むせ返るほどの緑、目に眩しい原色の花々。

クタに滞在していた時は、なんか私が想像していたバリと違うなぁ~、
なんて思っていたんだけど、ウブドは正に私が考えていた南国バリそのものだった。

怖がりの友人も、ベッドにちりばめられたウェルカムフラワーにテンション↑↑
この時バリに来た目的は揉まれまくりの癒しの旅だったので、早速スパで揉まれまくる。



テガラランのライステラスで癒され、ホテルのオプションでチャナン(お供えもの)作りを体験し、夜はウブド王宮でバリダンス鑑賞。
もう、これぞバリ!!
って感じだった。


DSC00057.jpg

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で、最終日。
またもや嫌がる友人を無理やり連れ出し、クバヤ(伝統衣装)を借りて、どうしても気になっていたバリヒンドゥー総本山のブサキ寺院へ。

この日は、ドライバーさん曰く満月。
小雨は降っていたものの、多くのバリ人が参拝しており私達もバリの作法に則って境内でお祈り。
(この時にようやくおでこの米の正体が分かった。)

DSC00098.jpg



雨の中、一心に祈るバリの人々。
人の祈る姿はこんなにも美しいのかと驚いた。

観光客であっても正装をしてヒンドゥー教に敬意を払えば
一緒にお祈りをさせてもらえる。
隣のドライバーさんの見よう見真似で、花を掲げる。


なんだか凄く心が洗われた気分だった。
今まで味わったことのない不思議な感覚。

これが日常茶飯事なバリ人って一体何なんだ!?
不思議な法則によって営まれているバリヒンドゥーって一体!?
そもそもこの島の不思議なパワーは一体どこから??

と、懐の深すぎるバリ島に一気に興味が湧いた。


この3泊4日のパック旅行で私の心にバリが完全に住み着いてしまった。



その2ヵ月後、どうしてもバリのことをもっと知りたくなった私は、バックパックをひとつかついで、一人でバリ島に降り立っていた。



~つづく~




赤ちゃんの儀式 ~1Bulan 7hari~

2017年 07月12日 11:00 (水)



つい先日あった生後42日目の儀式。

1 Bulan(サトゥブラン)=1ヶ月(バリの暦のため35日)
7 Hari(トジュハリ)=7日

という訳で42日目。
実はこの儀式の意味するところはいまだに分かっていない
(夫に聞いても、「聞かないでくれ」と言われ、誰に聞いても「そういうもんだ」と言われ)


日数的なことを考えると、1ヶ月ちょっとを元気に過ごせれば、まぁまずは第1段階はOKということかな。
(恐らく医療の整っていなかった昔は、42日を迎える前に亡くなってしまう子も現在よりは多くいただろうから。)

後は、1ヶ月ちょっともすれば母親の産褥期も終わり、一緒に儀式に参加できるというのもあるかも。
(出血している人は儀式に参加できないので。)


長女の時はこの儀式は簡素な感じで過ぎていった記憶があるんだけど、今回はマンクーさん(お坊さん)にお願いしてしっかりした儀式に。


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しっかりした儀式といっても、1Bulan 7hariはそんなに大きい儀式ではないので、
この日の参加者は私達夫婦と義両親とバンタン(お供えもの)の手配をしてくれた親戚のおばさんの5名。

と、夫曰くあちらからは・・・

夫のおばあちゃん(故)
見知らぬご老人1(故)←恐らくご先祖さまのどなたか
見知らぬご老人2(故)←恐らくご先祖さまのどなたか

の3名様。

夫のおばあちゃん(義父のお母さん)、確か長女の儀式の時にもきてくれていたな。
いつも見守ってくれている。
嬉しい。 



儀式では赤ちゃんと共に母親も清めてもらい、産後不浄の存在となっていたものが解除される。
という訳で、この日を境に台所で火を使ってもOK。


あー、ようやくかー。

※電気でお湯を沸かす器具のない我が家は、夫が不在時にはコーヒーもお茶も飲めなかったので・・・
というか、母乳が足りていなくてもミルクを作るお湯も沸かせなかったので、おっぱいあげるのも必死


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こんな感じで頭に何か乗せられてます。可愛い。

米と聖水でびしょびしょになったけど、久しぶりの儀式で気分はすっきり


まぁ、3ヶ月目の儀式が終わるまでは極力外出も控えなければならないので、この軟禁生活はまだしばらく続くんだけど・・・
(7月15日に観たい公演があったんだけどなー


さて、久しぶりに一人でコーヒー飲も。
(カフェインレスね。)



*************


最近のちょっとした発見。

『赤ちゃんの寝かしつけにケチャダンスの音楽が効果あり!』

ベースとなっている低音の声と、チャチャチャという一定のリズムがいいみたい。
ケチャを聞きながらぐっすり。
ちなみに、途中でバロンダンスに変えたら怒られた(笑)

といってもこれは夫の発見なんだけど。
(私は定番?の日本の歌をかけてます。赤ちゃん泣き止む系の「カフカの歌」とか「ムーニーちゃん」とか。
本気で歌わなきゃなので。)

みなさんも機会があればお試しを~。
(って、そんな人はいないか。)