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近況

2018年 02月19日 11:33 (月)


ラディタ先生が何の前触れもなく突然バリを離れたのは、約4ヶ月前。
次女のティガブラナンも終わったことだし、そろそろ少しずつガムラン活動に復帰しようかな~、と考えていた矢先のことだった。
なので、そのことを聞いて目の前が真っ白に。

と言うか、
3年も一緒にガムラン練習してきたのに、さよならも言わせないなんてこの薄情もの~!!
なんてその時は思ったけど、今となっては、
実にバリ人らしい去り際だな~、なんて思うように。


これからどうしようかな~、
やっぱり新しい先生を探さないとかな~、
とぼんやり考える。
以前の私だったらもっとパニックになっていただろうし、
先生を突然失ったと言う事実を一人で受け止め切れなかったかもしれない。
今は多分、次女がまだ小さいからすぐに動けないということもあってか、ちょっと冷静に事態を受け止めている。

あとはやっぱり、プレゴンガンの仲間がいるというのが大きかった。
この気持ちを分かち合える。


ラディタ先生から連絡をもらった時点で、
プレゴンガンチームは一旦解散で、という連絡をみんなにまわしたんだけど、
うーん・・・


このメンバーでまだまだガムランやりたいな・・・


その思いはメンバーも同じでいてくれたので、
ひとまずKさん宅に集まって作戦会議。

新しい活動の場を探そうか、先生はどうするか、
あーでもない、こーでもない・・・

と話し合っていたんだけど、やっぱりガムランのないところであーだこーだ言っても前に進まないので、とにかく音を出そう!
と約4ヶ月ぶりにSanggar Kembang Waruへ集合。


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やっぱりいいね。
ガムランは。
音を出してみたらごちゃごちゃ考えていたのも一気に吹き飛ぶ。

まずは始まりの曲Selisir。

メンバーの中で唯一ガンサのサンシが叩けるKさんにまとめてもらい、少しずつ思い出される音。
なんとなくだが最初のフレーズは形になった。
やっぱりこのメンバーでまだまだ続けたい。

ただ、リーダーとなるクンダン(両面太鼓)が不在なので、曲の繋がり部分が難しい。
この先先生は必須となる。
これはまたおいおいゆっくり探していくことに。


まずしばらくは先生不在で、いままでやってきたことのおさらい。
とにかくSelisirを完成させる。

目標は・・・
全員が全楽器を叩けること!

いままでは誰がどの楽器を受け持つかが決まっていたんだけど、
もうそういうのはなしにして、
誰もがどの楽器でも叩けるように、このSelisirでガムランの基礎を一からやりましょう!
とKさんから提案があって、
もちろん大賛成。

いままではそれぞれが自分の受け持ち楽器のことで精一杯だったのもあって、
ガムランのことも何となーくしか分からないままで、
なんとなーく演奏~、だったのを、
これを機に一からもう一度学びなおそう。

という訳で、プレゴンガンはようやく一歩前進。
嬉しい。


グンデルに関してはまた今度。




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ベモでバリ島1周!! ~最終~

2018年 01月31日 12:47 (水)


※更新が遅くなりましたが、旅行記最終になります。
こちらは、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。
(注:けっこう長いです)



***************



ウブド王宮付近でベモを降り、まずは宿探し。
モンキーフォレスト通りに入り、どこかロスメン(安宿)はないかとキョロキョロしていると、「宿を探しているのか!?こっちだ!!」とおじさんが現れた。
「ホテルじゃなくて、ロスメンね。高いのは無理だから。」と言うと、
「いくらだ」と聞かれたので、今回の旅で最安値だったロビナの宿と同じく「4万ルピア」と試しに言ってみる。
流石にウブドで4万ルピアは無理だよな~、とダメもとだったんだけど、おじさんは「それならこっちだ!」とローカルロスメンに案内してくれた。
ウブド情緒あふれる好みの宿だ。
宿の女将さんが部屋を見せてくれて、「いくら?」と聞くと「6万ルピア」と。
「さっきのおじさんは4万ルピアだって言っていたんだけどな~」なんて言ってみると、
「じゃあ、4万5千ルピアね」とあっさり交渉成立。
多分ローシーズンだったからだと思うけど、ウブドでこの値段で泊まれるなんてかなりラッキー


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場所はウブド王宮近く、モンキーフォレスト通りをちょっと入ったところで、ウブド散策にもばっちり!!
この宿を拠点として、あちこちウブドを歩き回っていた。
そのうち、その辺で暇そうにしていたローカルの子と仲良くなって、バイクでテガラランやグヌンカウィへ連れて行ってもらったり、夜は王宮横に腰掛けてガムランを聴きながらぼんやりしたりしてウブドでの日々は過ぎていった。


そんなある日、その日はモンキーフォレスト方面を歩いていて、少し疲れたのでモンキーフォレストの入り口辺りに腰を掛けて休んでいた。
そこにはお客さん待ちのドライバーとかが休んでいて、隣にいたおじさんが声をかけてきた。
「一人なの?」「バリに住んでるの?」「旅行なの?」なんて、よくある感じの会話をしていると、私の「日本から来た」と言う言葉に顔を輝かせるおじさん。
聞くと、娘さんが近々日本に留学をするのだという。場所は「京都」。
「京都はすごくいいところだよ!!」と言うと、「もしよかったら家に来て娘に京都のことを教えてやってくれないか」と言う。
京都は学生時代を過ごした街だったので、少しは教えられることがあるかもしれないと思い、何の予定もなかったので「いいですよ~」と受けあう。

「今、妹家族をモンキーフォレストに連れてきていたところだったんだ。ちょっと待ってて!!」としばらくしておじさんの妹さんと、その息子さん、親戚のおじさんの3人がやってきた。
おじさんが妹さんに私のことを紹介し、「家に来るのね!じゃあ、乗って!!」と車に乗るように言われる。

・・・うーん、車なのかぁ、どうしようかなぁ・・・

と一瞬思ったが、見た感じどこにでもいるようなインドネシア人の家族だったし、インドネシアの方の生活を見るチャンス!という思いが勝ってしまい、車に乗り込んだ。

妹さんは気さくな方で、「Mって呼んでね!」と親しげに話しかけてくれる。その名前からクリスチャン系の方だということが分かった。
息子さんはシンガポールの大学に通っているらしく、見た感じ今どきの若い人(ラッパー系?)で、お金持ちの家庭なのかな~、という印象。

てっきりウブドの近くなのかと思っていたら、思っていた以上に車は進み、結局デンパサール付近にあるおじさんの家に案内された。
思っていた通り、裕福そうな家庭。
中に入ると、お手伝いさんらしき人が飲みものを持ってきてくれて、お腹がすいただろうとミーゴレンを作ってくれた。
(この時すでに夕方だった。)

肝心の娘さんは・・・というと、おじさんの奥さんが現在入院中で、娘さんは丁度病院に行っているところとのことだった。
「娘が帰ってくるまでゆっくりしていてね。」
と客間の隣の部屋に通され、妹のMさんが気を使って一緒に付き添ってくれていた。

しばらくするとMさんが、「ちょっと用事を思い出したから、息子と話をしていて~。」と席をはずし、ラッパーの息子さんともう一人のおじさんとの3人きりに。
ちょっと気まずいなぁ・・・なんて思っていたらそのおじさんが・・・

「暇だなぁ。ちょっとトランプでもして遊ぶ?」と。

ん?トランプ??


おもむろにトランプを取り出すおじさん。
と、そこで一言。

「ブラックジャックって知ってる??」


・・・・・・。

え・・・? こ、これはもしかして・・・



トランプ詐欺!?!?


いやいやいやいや・・・・
いや、まさか・・・
いや、もしかしないでも、か・・・



アメッドの宿の女将さんの話は、これの伏線だったのか・・・
なんて考えながら、「ブラックジャックって知らないな~(棒読み)」とドン引きで答える私を気にする様子もなく、おじさんは「簡単だから教えてあげるよ~」なんて言ってくる。
隣にいるラッパー息子も、「簡単だよ、僕もできるよー。」なんて言っていて、お前もかー!!(当然か)


絶体絶命のピンチではあるが、女将さんの話を聞いていたからか、心は落ち着いていた。
トランプ詐欺は断れると。
ただ、状況を考えると楽観的にはなれない。
扉の閉まった個室に男性二人。
しかも、私が二人の説明を「難しいなー、全然分からないなー。」なんてのらりくらりとかわしているからか、二人とも若干イラついている。

どうするか。

どうにかしてこの部屋を自然に脱出しなければ・・・
トイレに行くふりをする?
いやいや、もうちょっと自然な方法はないか・・・

なんて考えていたら、イラついたおじさんが、「そういえば今日はお金持ちのブルネイ?(だかどっか)の友達が来る予定なんだ」などと、本に書いてある通りのことを言ってくる。
あまりにもセオリー通りの展開につい笑ってしまいそうになったが、必死で笑いをこらえる。

「あ、来たみたい!」

えぇ!?もう!??
私まだブラックジャックのやり方覚えてないよ!?(笑)

と、「ハロー」と扉を開けて部屋に入ってくる一人の男性。
(どうみてもインドネシア人っぽい)


これは!!チャンス!
と思い、大げさに「ナイスチューミーチュー!!!」なんて言って立ち上がりドアの近くに行って男性と笑顔で握手。
よし、ドアは開いたまま!
と、このタイミングで、

「ああああーーーー!!!わすれてたー!!!!」


と外へ向かって大声で叫んでみた。

「どうしようどうしよう、たいへん!!!」
と叫ぶ私に、最初に声をかけてきたおじさんが「一体どうしたんだ!」とやってきた。
そのどさくさにまぎれて部屋を出る。

「大変!友達と約束してたの忘れてた!」
「夜ご飯一緒に食べる約束してたんだった!!」
「ウブド王宮の前に7時に!!」
(本当は新月のケチャダンスとやらのチケットを買っていて、7時にウブド王宮前でピックアップだったので、あながち大嘘でもない。)

「友達に電話すればいいじゃないか。」というおじさんに、
「電話番号知らない。あー、私が遅れたら友達が心配するだろうなぁ~。」(チラッ
「もう帰るね。タクシー呼んで。」
とちょっと真顔で言った時点で、おじさんもあきらめた模様。

最後に、「娘さんはまだ帰ってこないの?会えなくて残念だったなぁ。」とその話を信じてるアピール。
「外でタクシーをつかまえよう」と、おじさんに連れられてアジト(笑)からの脱出成功。

よぉぉおぉおし!!


最後におじさんは、「日本のお金持ってない?娘に見せてあげたいんだけど・・・」と言ってきたが、「日本円は全く持っていない」と言うと、「そうだよね・・・」と苦笑い。

そしておじさんがタクシーをとめてくれたんだけど、驚いたことにウブドまでの料金をその場で払ってくれた。
アメッドの女将さんの言っていた通り、失敗した場合は通報などされないようにとことんいい人に徹する決まりでもあるのだろう。

タクシーが動き出して心底安堵する、と同時にちょっと涙が出たのは内緒。
上手く逃げられたから良かったものの、やっぱり結構怖かった。
家とか人の写真を撮らなくて本当によかった。


※現在もバリ島内でこの手の詐欺が行われているかどうかは定かではありませんが、少なくともこの時は確実にありました。
と言うのも、帰国後SNSのバリ島コミュでかなりな額の被害にあったという女性の書き込みがあったので。
トランプ詐欺は断れます。毅然とした態度でNOと言いましょう。
そして、やっぱり初めて会った人に気軽について行かないように。
(お前が言うなですが・・・)



***



タクシーは7時丁度にウブドに到着。宿に戻る間もなく、ウブド王宮前のピックアップ車に乗り込む。

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ケチャというか、ファイヤーダンスのゆれる炎をみながら今回の旅を振り返る。
最後にとんでもないことに巻き込まれそうになったが、全体的にいい旅だった。(無事だったし)
もう心は決まっていた。

1年後を目処に、バリに語学留学しよう

と。
と言うのも、もともと決めていたのだ。
30歳になって、仕事が一段落したらどこか海外で1年位のんびりしようと。
ただ、どこの国にするかがまだ決まっていなかった。

学びたい語学も思いつかなかったので、とりあえず英語圏かな~、
でもってやっぱり島国がいいから、アイルランドかニュージーランドか・・・
なんて感じで。
それが今回の旅で明確に決まった。

バリ島でインドネシア語を学ぼう。

会話帳なんて挟まずに、バリの人たちと話がしてみたい。
バリのことをもっともっと知りたい・・・
その先にきっと何かがある。


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************


以上が私がバリ島で暮らし始めたきっかけの旅になります。
この1年後にバリ島に語学留学し、その半年後に夫と出会い結婚を決め(夫とはつきあって2ヶ月のスピード婚)、その後グンデルワヤンに出会い、二人の可愛い子に恵まれ、現在ありがたい暮らしが送れている・・・
ということを考えると、この時の決断は間違っていなかったなぁとしみじみと思います。


人生何が起こるか分からないけど、この先も自分の直感を信じて
楽しんで生きたいと思っています。



バリに戻りました!

2018年 01月17日 17:22 (水)


驚くほどの雪にまみれながら、つい3日前くらいにバリに戻りました。
時差1時間、寒暖差30度くらい?
体が追いつきません

本当は年始の挨拶なんかをしたかったのですが、
バリに戻るまで気持ち的に落ち着かず・・・

私達がバリに戻るまで本当にアグン山は落ち着いていてくれるか・・・
なんて思っていたら、戻る2日前に再度小噴火のお知らせ。
万が一空港が閉鎖されてお隣のスラバヤ空港にでも降り立った日には、
子供ふたり抱えて山ほど荷物持って、バスで20時間くらい・・・?
なんてぐるぐる考えてしまい・・・

結局、空港は閉鎖されることなく無事ングラライ空港に到着しました。

色々な神様達ありがとう~



で、バリに戻ったら絶賛雨季な訳でして、
家の掃除にてんてこまい
部屋とお風呂場の掃除は先に戻った夫が頑張っていてくれてたのですが、
台所はほぼ全滅。
食器全部洗いなおして、赤ちゃんグッズは熱湯消毒して、
山ほど買い込んだ日本の食糧品を入れるために冷蔵庫の掃除して、
離乳食の仕込みして・・・
なんてことをしていたら、あっという間に年始のあいさつが出来る期限が過ぎていましたー。
(確か15日まで・・・?)


なので、ちょっと小さめに、


あけましておめでとうございます。
みなさま、今年もよろしくお願いします。



で、やっぱり気になるところはグンデルの具合。
今回の帰国ではパングルを持って帰らなかったので、
一体どれほど腕が衰えていることやら・・・

久々のグンデルはやっぱり驚くほど音がひびき・・・
最初はぎこちなくさぐりさぐり。
数曲ひいたらちょっと戻ってきた、かな?

この1年でかなりの曲を忘れてしまったので、
今年はそれらを思い出すことに集中。
幸いにもすべての曲を録画しているので、
動画をみながら少しずつ曲を思い出すことが出来る。
あせらずゆっくりと。

大体思い出したら、また以前のように先生方に教えてもらいにいこう。


で、やっぱりバリはいいなぁと改めて実感。
何がいいかって、緑が、目に。
冗談ではなくて割りと本気で。

実は今回の日本滞在中に驚くほど視力が急激に落ちてしまい・・・
産後は視力が落ちるものだと聞いてはいたけど、
ここまであからさまに落ちると流石にあせる

私の目はバリへ移住前にレーシックを受けており、
あの手術をもう一度するのは色々無理なので、
出来る限り食い止めようとあわてて目薬をさしてみたり、
ブルーライトカットレンズを買ってみたり、
かすみ目に効くというアリ○ミンEXを飲んでみたり・・・
と頑張ってみたけど、どれもいまいち効果なし。

もう目だけバリに帰りたい病。

んで、雨季のバリは素晴らしい。
圧倒的に緑。
街中のデンパサールですら緑々しい。
なんなら我が家の小さな庭ですら、もう。

もはやバリでしか生きていけない体だと体感。


これからもよろしくお願いします。



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ベモでバリ島1周!! ~その6~

2017年 12月18日 17:23 (月)


※ただ今育児休暇中のため、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



***************


アメッドのビーチベッドでごろごろがすっかり気に入ってしまった私は、柄でもなく毎日ビーチに行って小説を読みながらごろごろ、ごろごろ。

と言っても2週間という短い滞在の為、そろそろ最終予定地のウブドへ向かわなければまずいな・・・
ということで、アメッド最終の夜。

この日も宿の食堂で夜ご飯を食べていたら、同じ宿に泊まっていた欧米人の男性が「一緒にいい?」と声をかけてきた。
断る理由は何もないので、「どうぞ」と答える。

男性はフランスからとのことで、「ご飯おいしいねー」とかとりとめもない話をして食後まったりしていると、「ビーチに行って星を見ないか」と誘われた。

ビーチで星!?


って!!
フランス人男性どれだけロマンチックなんだー!!
などとドキドキしてついて行ってみると、ビーチにはジュクン(小舟)に腰をかけてギターを演奏しているバリ人の男の子なんかがいて、なかなかいい感じ。
何のためらいもなくビーチにごろりと横になったフランス人を真似て横になってみる。

そこには満天の星空。
そういえばこうしてゆっくりと星空を見るのも久しぶりだな~、なんて思っていると、フランス人男性から「いま何を考えているの?」と声がかかる。

まったく何にも考えずにボーっとしていたので、やや焦り「しょ、将来のこととかかな」なんて適当に答えて「あなたは?」と聞くと「内緒」、だって!
なんだそりゃー、とことんロマンチックだな。

明日はどうするのかと聞かれたので、ベモに乗って次の場所へ移動する予定だと言うと一緒に行きたい!と。
彼もちょうどアメッドを経つ予定だったらしい。
ホテルのフロント前で待ち合わせの時間を決めて、明日は早いから・・・とそれぞれ部屋に戻ることに。

※残念ながら?これ以上ロマンチックな展開はございません(笑)


次の日の朝、案の定約束の時間にフランス人男性はおらず、「適当な約束だったのかな」と女将さんにベモをとめてもらえないかお願いをしているところへ、フランス人男性登場。
もちろん時間に遅れたことを気にかけるそぶりは全くない(笑)。

「今起きたの?」と聞くと、早朝から起きててボートに乗って沖まで魚釣りに行ってた、とのこと。
どれだけアクティブなんだー!!

で、宿の女将さんがとめてくれたベモ???が来たのだが・・・

「この辺ベモないから~、軽トラの荷台でいい?」


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↑ちなみに先客。


軽トラはアメッドの小道を颯爽と駆け抜け、チュリックにてやや大きめのベモに乗り込む。

↓こちらも先客。
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このベモ(というかミニバス)は前の扉から乗り込み、後ろの扉のところに集金のお兄さんがいて運賃を支払うスタイル。
できるだけ後ろの方に座り、みんなの払う料金を伺ったが伺い知れなかったので気にしないことにした。
それよりも気になったのは、お兄さんがそこら中にあるバリヒンドゥーの台座(スリヤ)を通るたびにお供えをして回ること。
もちろんその度にベモは停車する。

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その数、結構な数。
道中の安全を祈ってのことなのか、ここまで丁寧にお祈りをして回るバスは初めてだったので興味がわいて、会話帳を片手に話をしに行く。
会話帳を指さしながらでは詳細は全く分からなかったが、お兄さんはにこやかに答えてくれた。

これは今まで乗ったベモ全てに共通することだったが、こちらがバリヒンドゥーに敬意を払いながら興味があるというそぶりをするとみんなたちまち饒舌に話し始める。
中には自分が知っている日本語で「アリガトウ」「サヨナラ」「アジノモト」などとフレンドリーな人もたくさんいた。

※「タカシムラ」という不可解な日本語?のようなことを言う人もいたが、これは“Tak kasih murah”(タッ カシー ムラー:安くしますよ)というインドネシア語が日本語の響きに似ているということから、日本人を見るとこの声掛けを使うインドネシア人が多くいる、と後に知った。


話している意味は十分には分からなくても、こうして笑顔で優しく触れ合ってもらえると、この旅でベモを選んで本当によかったな、と思う。

そうこうしているうちにベモはどんどんとウブドへ。
フランス人男性はこの日にバリを離れシンガポールに行くらしく、クタまでベモに乗るとのことだったので、私はそろそろ先に降りるねと声をかけると、「このベモの料金知ってる?」と小声で聞かれた。
取り合えず、「自分がこれだと思う金額を最初に出してみて、それから足りない分を少しずつ出していくといいよ。」と答えておいた。
細かいお金があるか聞くとないとのことだったので、私の手持ちのお金から細かく両替して渡す。
(これでデンパサールの宿で受けた親切が一つ返せた。)

そのうち、、ウブドへ行くならここで降りな~、と声がかかり、
「Have a nice trip!!」←言ってみたかった(笑)
と軽快にベモを降りる。

降りたそこはまだウブドではなく、更にもう一つベモを乗り継がなきゃで、そのベモの乗客は私一人だったのだが、慣れた口調で「ブラパ(いくら)?」とドキドキしながら聞くと、「8千ルピア」と思っていたよりも安く、ホッ。

こうして約2カ月ぶりにウブドの地に降り立った。



~つづく~


***************


これまたずいぶんと更新に時間が空いてしまいました
というのも、約1カ月前から日本に帰省しており、日本での用事をいろいろとこなしつつ日本の寒さと体の折り合いをつけていたら、気づいたらこんなに時間が経ってしまい・・・
ブログトップにスポンサーサイトなんてのが表示されて焦りました~

今年は次女の出産があった為、前年度に比べてガムランと触れ合う機会が極端に少なかったのですが、来年からはまたちょっとずつガムランに復帰していきたいと思っています。

こんな亀更新のブログですが、またこれからもどうぞよろしくお願い致します。

それでは皆様、ちょっと早いですが、
よいお年を・・・


2017年12月18日  Lotusya


ベモでバリ島1周!! ~その5~

2017年 11月15日 09:26 (水)


※ただ今育児休暇中のため、ガムランを離れて2009年のバリ島旅行記となっています。
料金は当時のものなので、参考にしないで下さいね。



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この日はロビナを経ちアメッドへと移動の日。
午前中のうちに宿をチェックアウトし、宿のスタッフに手伝って貰い流しのベモをつかまえて乗り込む。

ベモは来た時よりも少し大きめのもので、私の他にもアメッドへ向かうであろう欧米人が乗っていた。

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バスはどんどん東へ進み、アメッドへの分岐点であるチュリックというところで降りるように言われる。
ここまでの道のり、ギリマヌク~ロビナまでとほぼ同じ距離。
なので4万ルピアとくるかな、と構えていたら、それを上回る6万ルピアだという。
(どうりで運転手さん、始終ニコニコ顔というかホクホク顔)
先に下りた欧米人はさっさと6万ルピアを払ってアメッドへ向かった様子。

6万ルピアはロビナで1泊+1食分の料金。
恐らくローカルは2~3万ルピア。
流石にこれはないな、と思い会話帳を片手に正規料金で!とお願いする。
さっきまでのニコニコ顔は一転、絶対に6万ルピアだ!!と引かない運転手のおじさん。

別に私は何が何でもローカルと同じ料金で!とこだわっているわけではない。
以前ベトナムの市場で、恐らくローカルでもしない強烈な値引き交渉の後、市場のおばちゃんから「おまえら二度とこの市場に来るな!!」と怒鳴られたことがあり、自分の行ったことはスマートではなかったと反省したことがあるから。
はっきりした相場も知らず、ローカルのルールも知らない者がやたらめったら「安くして!!」というのはルール違反だったと。

どれだけ貧乏旅行だとうたっていても、飛行機のチケットを買ってこうして海外へ旅行をしている時点で現地の人のお給料を何倍も越える金額を使っている、ということがアジアではよくあること。
なので外国人料金というのがあって当然だと思っている。
ただ、現地の相場を考えてやたらめったら料金をあげていると思った場合は・・・
うーん・・・そこはやっぱり交渉となるかな。

運転手のおじさんと私がわーわーやりあっている様子を見て、その辺にいた人たちが「なんだなんだ」と集まってきた。
「料金がちょっと高くて~」と集まってきた人に伝えると、「高いんだって!」「正規料金でって言ってるよ!」とちょっと助太刀してくれて、結局「これでお願い!」と4万ルピアでまとまった。

集まってきていた人たちは、チュリックからアメッドまでのバイクタクシーの人たちで、「次は俺達の番だ!」とばかりに、「アメッドまで3万ルピア!!」なんてふっかけられ、またかと・・・
もう交渉が面倒になってしまったので、「もういいよ、歩いていくから。」と言うと、「ごめん、ごめん、1万5千ルピアでいいよ!」とのことで、バイクに乗る。

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アメッドまでの道のり


アメッドでの宿は決めてあった(ロビナの宿で紹介して貰った)ので、宿名を伝えると10分くらいで到着。
日本人の女将さんが経営する小奇麗な宿だった。

1泊10万ルピアとのことで、(予算の最上限だな・・・)と考えていると、「海側の部屋じゃないなら8万ルピアでいいよ!」とのことで、この宿に決める。
部屋はさすが日本人が管理しているだけあって今までで一番きれいでセンスがいい。
宿はビーチに面しているので、早速ビーチに出てみる。
アメッドのビーチは黒いごつごつした砂?なのだが、それでもビーチ沿いの宿というのは気分が上がる。
しかもビーチベッドが置いてあり、これがのんびりに最適。
ビーチベッドで本を読みながら昼寝する、がアメッドでの過ごし方となった。

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アメッドのビーチ

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アメッドはロビナのように中心街というのがなく、宿を出ると徒歩圏内には本当に何にもなかった。
なので、3食とも宿でとることにした。

ある夜、宿の食堂でご飯を食べていると、「一緒に食べよう!」とちょうどその時同じ宿に泊まっていた日本人男性が声をかけてきた。
「アメッドの海は最高だね~」というので、泳げないからもぐったこともないと言うと、「毎日何してるの?」と言われ「散歩と昼寝」というと笑われた。

そんな感じでわいわい食事をしていると、女将さんも来て更にわいわい話が始まる。
みんなバックパック一つで~、というのが旅のスタイルとのことで、どこどこが良かっただとか、旅談義。
そんな感じで話をしていると、女将さんが興味深いことを話し始めた。
曰く、「トランプ詐欺の現場に連れて行かれた」とか。

トランプ詐欺とは、よくガイドブックの旅の注意点などに書かれているあれで、ブラックジャックをやってお金持ちからお金を巻き上げよう~、なんて言葉巧みに誘ってきて、結局こちらがお金を巻き上げられる、というやつだ。(バリのガイドブックにも書いてあった。)

女将さんがその現場に行ったのはフィリピンでのこと。人の良さそうなフィリピン人女性に、「その靴かわいいわね~、日本から来たの!?日本のこと教えて!!家に来てよ~!」なんて言われてお宅に訪問。家では食べて飲んでともてなされ、その後ブラックジャックをやらないかと誘われたと言う。
「ぜーんぜん興味ないわー。」と言って食べるのに夢中になっていたらそのうち諦めたのか、そのまま帰されたらしい。「だから未だにあれがトランプ詐欺だったのか、ただのいい人だったのか分からないのよね~」 なんて女将さんは言うが、それは確実にトランプ詐欺だろう・・・と日本人男性と二人うなずく。

トランプ詐欺って断れるんだ、というか本当にそんな詐欺が実在するんだー、というのが正直な感想だった。
ただ、実際にそんな現場に行ったという話は貴重なので、今後の参考にこころに留めておく。



こんな感じでアメッドでの日々は過ぎていった。



~つづく~